『 家へ帰ろう 』『 ヴィヴィアン・ウエストウッド 』『 アトラント号 』試写室便り 【 大高博幸さんの肌・心塾 Vol.479 】

待っていたのは、70 年越しの奇跡でした。
アルゼンチンから 故郷 ポーランドへ――
仕立屋は、約束のスーツを
忘れえぬ友へ届ける旅に出た。
家 ( うち ) へ帰ろう
スペイン、アルゼンチン/ 93 分
12.22 公開/配給:彩プロ
uchi-kaero.ayapro.ne.jp
【 STORY 】 88 歳のユダヤ人 仕立屋 アブラハムは、住み慣れた仕立屋兼自宅を引き払い、老人施設に入ることになっていた。最後に 1 着だけ残ったスーツを見て、アブラハムは 深夜 家を抜け出し、ブエノスアイレスからマドリッド行きの航空券を手配し、飛行機に乗り込む。
マドリッド、パリを経由して、ポーランドに住む 70 年以上 会っていない親友に、最後に仕立てたスーツを届けに行く旅が始まる。アブラハムは、決して「 ドイツ 」と「ポーランド 」という言葉を発せず、紙に書いて 行く先を告げていく。飛行機で隣り合わせた青年、マドリッドのホテルの女主人。パリからドイツを通らず ポーランドへ列車で訪れることができないか、と四苦八苦していたアブラハムを助ける ドイツ人の文化人類学者など、旅の途中で出会う女性たちは、アブラハムの力になろうと自然体で受け入れ、アブラハムの頑な心を柔らかくしていく。
ポーランドに住む親友は、第 2 次大戦中、ホロコーストから逃れたアブラハムを助け、匿ってくれた 命の恩人であった。70 年前のホロコーストで傷つけられた足を かばいながら、過去の壮絶な思い出と共に たどり着いた場所は、70 年前と同じ佇まいをしていた。アブラハムは 親友と再会することができるのか、人生最後の旅に 〝 奇跡 〟は訪れるのか……。( プレス資料より。一部省略 )
この映画は 地味な小品ですが、とても人間味豊かで 素晴らしい。心をこめて、時間と手間をかけて、真剣に作られたコトが よく分かる、感動的なロードムーヴィーです。
脚本と監督は パブロ・ソラルス ( ’62 年生まれのユダヤ人 ) 。本作は、祖父にまつわる 彼の幼年期の記憶から出発し、10 年間に 6 ~ 7 通りの全く異なるプロットを書き上げた末に撮影を開始、’17 年に本国で公開されたというもの。
前記の惹句と略筋から ほとんど察しがつくとは思いますが、本作の背景には 第二次大戦中の ポーランドでの ユダヤ人迫害の歴史があります。最近では、ジェシカ・チャステイン主演の『 ユダヤ人を救った動物園 』( Vol.424 ) が、その歴史を相当に詳しく物語っていましたが、本作を観るためには、その辺りの事情を 多少なりとも知っておく必要があるでしょう。
主人公 アブラハム ( ミゲル・アンヘル・ソラ ) の左足には ナチスに押された刻印があり、右足は おそらく拷問により 機能が 不完全 ( 見た目に 皮膚の色も違っている ) 。彼は、幼い妹が 強制収容所に送られる直前、最後に交わした視線の記憶に苦しみ続けていて、「 ドイツ 」と「 ポーランド 」という二語を 口にするコトを 徹底的に避けています。性格は 職人気質で 頑固一徹。70 年前、九死に一生を得て逃げて来た彼を、必死に匿ってくれた 親友 ピオトレック ( 仕立屋だったアブラハムの父親の 仕事仲間 or 弟子の息子で、幼少期から兄弟同然の仲 ) を忘れたコトがありません。18 歳の時から 70 年間も音信不通のため、生きているか どうかも 不明なピオトレック……。その彼に、何としてでも再会して「 約束のスーツ 」を手渡したいという一心から、アブラハムは 生まれ故郷の町、ポーランドのウッチへと向かうのです。
その旅の途中、袖振り合うも多少の縁で、アブラハムは ひとりの青年と三人の女性、計四人に助けられます。その四人とは、飛行機で隣りの席にいた ピアニストの青年 レオナルド ( マルティン・ピロヤンスキー ) 、マドリッドの 小さなホテルの 女主人 マリア ( アンヘラ・モリーナ ) 、モンパルナス駅で会った ドイツ人の文化人類学者 イングリッド ( ユリア・ベアホルト ) 、ワルシャワの病院に勤務する 介護師 ゴーシャ ( オルガ・ボラズ ) 。そのゴーシャは なんと、彼をウッチ ( ワルシャワから遠い場所 ) まで送る役目を、シブシブながら 個人的に ( 病院の仕事の範囲を超えて ) 引き受けてくれます……。
本作で 僕が 最も感動した点は ふたつ。ひとつは、アブラハムとピオトレックの友情の絆の強さ ( 詳しくは敢えて記しません ) 。もうひとつは、アブラハムに力を貸す、赤の他人たちの心理と行動。観る人によっては「 あんなに親切な人が 次から次へと出てくるなんて、あり得ない話 」と考えてしまうのかも……。しかし 僕は、彼らと同じような精神構造と行動性を持つ人々に 実際に会ったコトが 何度かあるので、これは「 あり得る話だ 」と思いました。P・ソラルス監督としては、その点、多少 寓話的な感覚で 押し通したのかも 知れません。
画面は 観客を徐々に巻き込み、ワルシャワ行きの列車内で 倒れて死にかけたアブラハムが、ワルシャワの病院のベッドで意識を取り戻す辺りから、ゴーシャの車で ウッチへと向かう段になって、我々の眼を さらに 釘付けにします ( 心臓の鼓動も、やゝ早くなってきます ) 。そして、最終目的地「 ピオトルコフスカ通り 122 番地 」まで あと 100 メートルという所へ来た時、突然「 会えないコトも、何もかもが怖い。引き返す 」と言い出したアブラハムに、ゴーシャは「 自分のためにも、その眼で確かめるべきよ。あなたは素晴らしい人なの。だからこそ、はるばる こゝまで 来たんでしょう? 」と真剣に訴えます。そこからラストショットまでの、静かでいて 激しく深い 感動といったら! もしも長いエンドクレジットと静謐な音楽が なかったなら、観客は 誰ひとり、席から立ちあがれなかったのでは? 少くとも僕は、エンドクレジットの長さを、こんなに ありがたく感じたコトは、今まで なかった気がします。
おそらく P・ソラルス監督は 誠心誠意の人で、てらいのない 穏やかなユーモアのセンスの持ち主。出演者は 全員が 適役を好演。このコラムを よく読んでくださっている皆様には、年齢や性別を問わず、ぜひとも 観て頂きたい作品です。

77 歳にして生涯現役を誓う、
英国カルチャーの女王。
そのパワーの秘密に迫る 刺激と情熱に満ちたドキュメンタリー!
ヴィヴィアン・ウエストウッド
最強のエレガンス
イギリス/ 84 分
12.28 公開/配給:KADOKAWA
westwood-movie.jp
【 INTRODUCTION 】 < デイム > の称号を持つ英国初のファッションデザイナー、ヴィヴィアン・ウエストウッド。メリル・ストリープや ヘレン・ミレンなど オスカー女優たちが 彼女のドレスでレッド・カーペットを飾り、『 セックス・アンド・ザ・シティ 』で主人公が纏ったウエディングドレスは一瞬で完売。そんな 数々の伝説のベールの裏側に迫るドキュメンタリー。3 年間の密着取材と貴重なアーカイブ映像と共に語られるのは、音楽史を変えたパンクムーブメントの誕生秘話、デザイナーとしての躍進と挫折、無一文からの再出発。世界的人気ブランドとして成功するまでの知られざる道のりが、自由で痛快な名言を織り交ぜながら披露される。母、妻、実業家、クリエイター、アクティヴィストとして、波乱の人生を生き抜くヴィヴィアン・ウエストウッド。彼女が教えてくれる、エレガントな 人生の仕立て方――。( プレス資料より。一部省略 )
「 誰が こんなコトしたの? 私の指示と違う。こんなクズ、ショーに出せない! 」’16 年、ロンドン・ファッション・ウィーク 秋冬コレクション 開幕前夜、最終チェック中のアトリエで、彼女は 容赦なく言い放ちます。「 もう辞めどきね 」と パートナーに こぼしながら ソファで眠りにつくものの、翌日のショーは大成功、観客の拍手喝采を浴びて ガッツポーズをとるヴィヴィアン。
カメラを前に 本作のための収録が始まると「 過去の話なんて退屈 」「 そんな つまらない質問、しないでほしい 」と不快感を顕にしながらも、かなり饒舌に 自身のストーリーを語り出す……。そんな風に始まる 84 分間のドキュメンタリーです。
類まれな個性を築く基礎となったはずの、幼少期から少女時代の話は やゝ少なめ、キャリアと綿密に絡む 私生活の話は多めという構成で、ヴィヴィアンのエネルギッシュでダイナミックな人生が 余すところなく表現されています。
本作で僕が最も惹かれたのは 彼女の反逆精神、当時の英国の古い価値観を ひっくり返してやろうという攻めの姿勢。
場面としては、① ’88 年、BBC-TVの生番組「 Wogan with Sue Lawley 」にゲストとして呼ばれたヴィヴィアンが、スタジオの視聴者たちの嘲笑と、司会者の それとなくも あからさまな侮辱に対して、平然・毅然とした態度で臨んでいた姿、② ’15 年、水圧破砕法によるシェールガス採掘に抗議するため、キャメロン首相邸に 戦車で突っ込んで行った、ジャンヌ・ダルクの生まれ変わりのようなヴィヴィアンの姿。彼女の 反骨魂を そこに見て、僕は 胸のすく思いでした。
もうひとつ、相当 興味深く感じたのは ( 以前から感じていたコトですが ) 、彼女の一種の二面性。ショーのフィナーレで ガッツポーズを取る時の ガキ大将のような姿 ( チラシ画像が その一例 ) と、資料を真剣に見つめている時のような 知的で上品な姿、その二面性のギャップです。
もう一本、彼女のドキュメンタリー映画が 作られるなら、その辺りを徹底的に追求した内容を、僕は 期待して やみません。

これから ずっと 船の上。
愛することの情熱、愛されることの歓び。
溢れだすウィットと澄みきった情緒、
そして 香りたつ官能。
アトラント号
フランス/ 88 分
12.29 公開/配給:アイ・ヴィー・シー
http://www.ivc-tokyo.co.jp/vigo/
【 STORY 】 田舎町と ル・アーヴル間を運行する 艀船 アトラント号。乗組員は 船長のジャンとジュリエットの新婚カップル、変わり者の老水夫 ジュールおやじと少年水夫、そして かわいい猫たち。はじめは 新婚生活に ときめいていたジュリエットだったが、狭い船内の 単調な生活に 息が詰まってくる。
アトラント号が パリへ到着すると ジャンとジュリエットはダンスホールへ。そこへ 行商人が やって来て ジュリエットを口説き始める。田舎娘のジュリエットは 大都会 パリへの憧れを抑えきれず、夜に こっそりと 船を降りてしまう。怒り心頭のジャンは 彼女を置き去りにして 出航してしまうが…。( 試写招待状より )
僅か 29 歳の若さで他界した 伝説の映画作家 ジャン・ヴィゴの ’34 年の作品 ( 遺作 ) で、昨年のカンヌ国際映画祭で 御披露目上映された〝 4 K レストア版 〟の日本公開です。
G・ヴィゴは、フランソワ・トリュフォー、アキ・カウリスマキ、エミール・クストリッツァ 等々に敬愛される監督で、特に 詩的な映像表現が 高く評価されています ( 僕は 今回、エリア・カザン監督も、彼の作品を よく観ていたのでは? と感じました ) 。
物語の展開は 緩やかで、観た眼には のんびりと撮影されたような雰囲気を漂わせています ( But、実際は 相当に苦労して撮り上げられた作品であり、アキ・カウリスマキは「 命がけの映画だ 」と評しています ) 。
僕の印象としては、無声映画のサウンド版に 台詞が入っているような感じのするタッチが、何故か いとおしい。映像としては、カメラのポジションと 少々前衛映画風の構図に独得な味がある上、霧が流れている夜の運河周辺のシーンなど、現代の映画には 決して望めない詩情に 眼を見張らされました。
主役の夫婦と老水夫の描写は、古めかしくも普遍的。夫婦の間に波風を立てる 陽気な若い行商人の男は、’30 年代風であると同時に現代的で、驚くほどスマートかつチャーミング。テーマは、F・W・ムルナウ監督の最高傑作『 サンライズ 』( ’27 ) に共通するものがあると、僕は感じました。
本作は、映画史に興味を抱く読者の皆さんに限ってオススメします。同時に公開される G・ヴィゴの作品、『 ニースについて 』( ’30 ) 、『 新学期 操行ゼロ 』( ’33 ) を、僕は 高校生の時に 草月会館まで観に行ったのですが、ヴィゴの才気が 目一杯 感じられたのは、今回 初見の短篇『 競泳選手 ジャン・タリス 』( ’31、上映時間 10 分 ) で、非常に面白く観賞しました ( 彼のファンなら 絶対に必見 ) 。
東京・渋谷の イメージフォーラムを皮切りに、全国順次公開とのコトです。
アトランダム Q&A企画にて、 大高さんへの質問も受け付けています。
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biteki-m@shogakukan.co.jp
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■大高博幸さんの 肌・心塾
http://biteki.com/beauty-column/ootakahiroyuki
※価格表記に関して:2021年3月31日までの公開記事で特に表記がないものについては税抜き価格、2021年4月1日以降公開の記事は税込み価格です。