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2023.5.8

作家LiLyの対談連載「生きるセンス」スペシャルエッセイvol.4

その時々で訪れる人生の岐路。女性として、妻として、母として、社会の中のひとりとして、どうにもこうにも答えがでない時、先輩たちからの生きるヒントが役立ちます。今回は今まで4人の先輩たちとの対談を基に、作家・LiLyが感じたことを総括する書下ろし特別エッセイです【作家LiLy対談連載「生きるセンス」 】

第四話「エイジングの流派 〜 世界VSマドンナ〜

現在60代のマドンナが、30代くらいのルックスとマインドとライフスタイルで生き続けている(20代の彼氏とベロチュー動画をインスタにアップし続けるのは、もはや一般的な30代でもない。流石だ……!笑)。ま、だからこそ、そんな彼女に世界中がモヤッている。モヤるを超えてキレてる人も、日本の人口以上はいそうな勢い(ちなみに私は大好き)。でも、「一生青春」を地でいく女王に対して世間が「え……」となる理由ならわかる。

たとえ1ミリであろうと老いることを徹底的に拒否にしているように見えるマドンナの今の姿は、マドンナ自身が「若さこそ美しい! 青春こそ最高!」と思っている何よりの証拠のように見えるからだろう。(それは違うと私は思うけれども)
あんなにも過激に、勇敢に、女性の新しい生き方を提案し続けてくれたマドンナだから、昔から誰もが価値を見出しがちな「若さ」とか「青春」なんかに重きを置くのではなく、マインドもルックスも、どちらもきちんと「経験」と「年齢」を重ねて「進化」した“カッコ良すぎる新しいおばあさん像”を、あなたと同じように年齢を重ねていっている私たちに見せてよ! 魅せてよ! 憧れと希望をくれよ! といったところだろう。(マドンナからしたら、知らんがなって感じだろうけど)。
ここからは私の見解。マドンナは、ただただ自分の外見を自分の精神年齢のほうに合わせているだけのように思えるのだ。

精神年齢には
個人差が出る。
もしかしたらそれは、
生まれつき決まっている。

もちろん、環境もある。例えば35歳のロックミュージシャンは、35歳の会社員よりもマインドが若い傾向が強い。20代の時と同じ行動が許される職業/若さをキープすることで曲を書く感性も守ることができる。マインドがそうだからなのか、整形せずとも見た目も若い人が多い。これは、環境といえばそうなのだけど、元々そういうタイプだからそういう環境に身を置いているので、相乗効果でもっとそうなる、という鶏と卵の話である。

――――で、マドンナ。
女王こそアーティストである。

実年齢は60代だが、精神年齢は絶対に60代ではないはずだ。と、なると、マドンナの徹底的アンチエイジの整形手術は、トランスジェンダーの方が、心の性別のほうに身体を合わせて手術するのと同じようなもの。

外見と内側の「ミスマッチ」は、
誰にとっても
MAX「生きづらい」ものだから。

これは前回の記事で書いたタトゥーのはなしにも通じている。自分はこういう人間です! って世間に最もわかりやすくアピールする一番の方法:外見の仕上げ方。ファッションもヘアスタイルもメイクもそうで、選ぶ基準としては生まれ持った外見に似合うか否かもあるけれど、実は、それ以上に自分の内側のマインド/性格と合っているかどうか、が同じくらい重要だと思っている。
ま、実はこれはそんな難しい話でもなんでもなくて、基本的にはみんなこれを十代のうちから無意識的にやっている。親に反対されようがギャルは露出度が高いギャル服に自然と惹かれるし、ロック好きな少年は服装だってロックっぽくなってくる。そうして好きなカルチャーが合う者同士は、ファッションを分かりやすい記号として友達になり、自然とコミュニティができてゆく。

エイジングの流派も、
実はこれと同じかも。

自分で選べるといえば選べるけれど、
自分が好きなジャンルって「意思」というよりも、
「内側からの自然発生的なところがある」ので選べない。

マドンナはただただ、
今の自分の
マインド(精神年齢)に
合うルックス(外見年齢)を
選んでいるだけなのである。

マドンナだって、ううん、マドンナだからこそ、世間が求める姿がどうであろうが、自分自身が自分らしく生きやすいルックスを選ぶだろう。それは彼女自身の権利であり自由なのだから。世界中からいつまでも若すぎる外見と整形に関する大批判を浴びるたびに、「お前らの希望なんて知らねぇよ放っておいてくれ」と彼女は何度だって叫んでいる。(ごもっともである)。
元祖世界的女王のクレオパトラだって、「不老不死」を望んでいたらしい。現代の女王であるマドンナは「不老」が望んでいる。これ、そんなに驚くようなことだろうか? マドンナだけではなく、多くのロックミュージシャンは「FOREVER YOUNG!!! 一生青春!! 」と叫びまくる。それが実際に可能になったなら、実現する人が出てくるのは自然である。「不死」はまだ無理だとしても、現代の医療技術はマドンナレベルの経済力さえあれば叶えられるところまできた、というだけのこと。
それなのに、「マドンナにだけはきちんと老けて欲しかった」だの「マドンナの整形がとにかく変だ」のなんだのと大騒ぎする人々のほうに私は目を向けたい。

彼らは、欲が深すぎる。
自分のみで完結する欲
ならば良いけれど、
この場合は違う。

今の自分の生き方/自分が理想とする生き方を「他人」にも(できればマドンナのような素敵な/かつて憧れを抱いて人生指摘のように勝手に思っていた著名人に、その生き様を通して)「肯定して欲しい欲」が強すぎる。

根っこにあるのは、もちろん「不安」。この連載を私がスタートした時と同じ種類の不安。つまり、これから老いてゆくことに対する、自分にとっては全てが初めての「未知なるゾーン」への不安。世界的な影響力を持つマドンナのような存在には、「自分にもできそうな範囲内の素敵な未来像」を示して欲しい、という自分勝手な欲望。また、世論をひっくり返すほどの影響力を持つ相手だからこそ、「自分の過去の選択」を「肯定して欲しい」から「今の自分と似たような姿で称賛されて欲しい」という別バージョンの欲求もあるだろう。

自分の人生の選択を肯定するために、
他人の人生を利用しようとしてはならない。

正直、あのマドンナを相手に自分と同じような姿や価値観を求める(押し付ける)ところがそもそもおこがましいわ!! と私は感じるけれど、これは「対:著名人」だけに限らない。
人生の後輩に対して、「私はこっちを選択したから、あなたにもこっちを選択して欲しい」「今の若い人たちも過去の自分と同じ選択をしてくれれば、自分のこの人生は間違っていなかったと思える」そんな下心をベースとした“アドバイス”を施す先輩はいつの時代も少なくない。
後輩を想って親身にアドバイスをしているように見せかけながら、実は他人の人生を自分自身の人生の肯定材料として利用する。(自覚なく本当に心配しながらそうしている場合もあるが、無自覚ならば良いということでもない)これは、ウザい。

あの人と話した後、
なんだか疲れる。
「気」を吸われる。

そう感じるときの原因=
コレの場合も少なくない。

「不安」を煽って自分の意見に従わせようとする。
要は、他人を自分都合で「コントロール」しようとする。
しかも、誰よりも「心配」しているような「愛」っぽい顔をして。

――書きながら、私は果たして同じことを
我が子たちにしていないか? と自問する。
信じてもいないのに、子供の将来を思うと
自分の中から顔を出す“コンサバ”だって、
そのひとつかもしれない、とまた反省。

そう、
コレこそ40歳以降の生き方として、
最も気をつけたいコトの一つである。

年下に憧れられる必要はないけれど、年下に嫌われるって絶対にどんどん生きづらい。何故? 歳を取るとはつまり、自分よりも年下の人間の数が年々倍増していくということなのだから。
そして、その年下とは、自分の子供も含めて、だ。こんなにも大変な育児をがんばったその後で、成人になった我が子に結果としてずっと嫌われる、ってなかなかかなりの不幸である。

自戒を含めて、
書かせてもらう。

人が人に自分の話をする時、アドバイスが欲しいわけではなくただ聞いて欲しい場合も多い。それなのに、余計な老婆心からなのかなんなのか“何か持って帰って欲しい”と思いすぎて、気づけば“アドバイスババア”になっていること、私はある。……。これは本当に気をつけたい。

ただ、貴重な人生の時間を使ってわざわざ会っていただいたからには、相手に何かを持ち帰って欲しいと思うのは、純粋な心からくる気持ち。では、持ち帰ってもらうべきものは、何か。

―――――良い「気」だと思う。

そしてコレは、この連載で対談に来ていただいたすべてのゲストの皆さんから教えていただいたコト。
RIKACOさんがおっしゃっていた「清潔感」にも通じる、内面の「爽やかさ」とはつまり、他者への「圧が混じっていない」ということ。
ご自身が辛かった時のことも素直な言葉で伝えてくださった松田美由紀さんの「正直さ」の中に流れているのもまた、透明感のある「愛情」だった。
真矢ミキさんとの対談を終えた後、私はあまりにも元気になった自分にびっくりして、帰りのタクシーで思わずインスタライブをしたほどだった。ミキさんを「生きるパワースポット」のように感じた。

対面して対話するとはつまり、
言葉を交わしながらもその実
「エネルギー交換」。
バイブスやオーラなどと
いうとスピリチュアルな
イメージを持たれるけれど、
人間が「気」を放つのは事実。

社会での生きづらさをご自身が感じてきたからこそ「自分の世界」の中で生きる吉本ばななさんは、この世で生きづらさを感じるモノたちを「救う」、まるで神様からの使いのような「オーラ」をまとっていた。

黙っていても伝わる「その人の空気」って、ある。
「言葉」ではないからこそ「嘘」が通用しないし、
「見た目」でもないわけだから、
「美容医療」を駆使したところで1ミリたりとも誤魔化せない。

そういう意味でも
「美しく歳を重ねる」って、
ものすごくシビアなことだと改めて思う。

そして、またマドンナのことを考える。映像や写真越しに見るマドンナがもし大勢の人たちに“不調和音”を鳴らしていたとしても、実際に彼女が「会う」彼女と親しい人たちには“良い気”を与えているんじゃないか、と。
吉本ばななさんがおっしゃっていた「自分自身が居心地がいいと思えるコミュニティを見つけることが大事」とはつまり、女王マドンナにだって当てはまること。
別に、いいのだ。世界中からどんなにワーワー言われたって。目の前の子供たちが、恋人が、そして友達が、“マドンナのバイブスは最高だ”って言っているならそれが全て。
そもそも、世の中にセンセーションを巻き起こしてザワつかせるののがカリスマ/革命家の使命なら、それだってマドンナは誰よりも現役でその使命を“ぶちかましている”わけですし。
私の大好きな“BADフェミニスト”マドンナは、「永遠に老けない」という新たな道まで示してくれた。みんなもそうすべきよ! みたいな押し付けなんて微塵も感じないし、そもそも経済力が違うから真似しようと思ったって出来ないし、そこがまた「スター」すぎて、控えめに言って完璧だ。

――――では、
私はここから
どう老いていこう?

ウェルエイジ? アンチエイジ? ナチュラル派? ケミカル派? 母親になって上がり、育児の過渡期を終えたことでまた下がった私の精神年齢は、何をきっかけにまたあがってゆくのか? 常に自分を観察しながら探しているが、その答えはもちろんまだ出ていない。
この連載で引き続き、人生の大先輩たちに実際に会って、いっぱい対話をしてたくさん感じて、ヒントを得たい。自分自身が最も心地よく過ごせる「エイジングの流派」を、見つけ出したい。

 

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作家
LiLy

’81年生まれ。神奈川県出身。N.Y.、フロリダでの海外生活を経て上智大学卒。25歳でデビューして以来、女性心理と時代を鋭く描き出す作風に定評がある。著作多数。instagram @lilylilylilycom noteはこちら

文/LiLy イラスト/ito・megumi

※価格表記に関して:2021年3月31日までの公開記事で特に表記がないものについては税抜き価格、2021年4月1日以降公開の記事は税込み価格です。

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