大美人も凌駕する「女神」たちの正体【齋藤 薫さん連載 vol.87】
なぜか人を惹きつける魅力のある女性、あなたの周りにもいませんか?出会う誰をもはっとさせる美人だから? スタイルが良いから? いえ、別の理由があるようです。今回は、話題になったあのアーティストを虜にした女性たちの魅力を、薫さんに語っていただきます。
2人の天才アーティストに愛され、ありえない愛され方をした「女神」メアリーとは何者か?
稀に、「女神」に例えられる人がいる。美しいだけでない、底知れない魅力をたたえた女神とは、“人間の姿をした神”……言い換えればそれは“ただならぬ女性”を意味し、それこそ美しい容姿だけでなく、特別な包容力を持って人を深く魅了する女性を、女神に例えるのだ。
さらに言えば、周りの男たちに計り知れない影響力を持った女性は、みな「女神」と呼ばれている。とりわけ“アーティストたちに多大な影響力を与え、創作意欲をかき立てた創造の女神”は、現実に何人も存在するのである。そういう女神は不思議なことに、複数のアーティストの心を一度に捉えている。いや、だからこそ「女神」なのだろう。ただそこに存在するだけで、恋愛感情と極めてよく似た力で引き寄せ、クリエイターたちの感性に刺激を与えてしまう女性って、存在するのだ。
例えば、今年いろんな意味でクローズアップされた女性に、クイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」にも登場し、この作品における1つの核ともなった「女神」がいる。フレディー・マーキュリーの元婚約者にして遺産相続人となる生涯の恋人メアリー・オースティン、しかし彼女は元々クイーンの“同僚”であるブライアン・メイの恋人だったと言う。とは言えそこにフレディーが割り込んで奪ったという話ではない。この時代の自由恋愛においては、それほど驚くべきことではないが、やはり2人の天才アーティストを相次いで魅了するだけのものが、このメアリーにはあったと言うこと。
さらに言えば、今回この映画を制作するにあたって1番難航したのが、メアリー役を一体誰にするか? ブライアン・メイ本人も映画の制作に関わっていたと言われるから、単に顔が似ているだけではなく、彼女が持っている不思議な魅力を表現できる女優であることに強くこだわらなければならなかったのだろう。何しろメアリーは、同性愛者であるフレディにとっても、最愛の人であり続けるという、普通だったらあり得ない愛され方をする。もちろんそれは一方的なものではなく、世界的なスターにして、エイズで非業の死を遂げる男の壮絶な人生を精神的にも支えてきた。ある種奇跡的な関係を紡ぎ出すのである。古着を扱うブティックの店員だったというメアリーは、一体何者だったのか? そう、だから「女神」としか説明の仕様がないのである。
「女神」は、包容力で人を包み込む人と言ったけれど、それは母性にも似た、温かく慈愛に満ちた包容力。メアリーにもきっとそれがあったのだろう。映画の中のメアリーを演じたルーシー・ボイントンにも、なるほど、不思議な包容力を感じた。大美人ではないけれど、何かもう一度会いたくなるような懐かしさや、同性でも何だかそばにいたくなるような引力を感じたはずである。
確かにそういう人っている。初対面の時から、自分の中に大きな存在感を残していく人。決して華やかだったり、自己主張が強かったり、相手を魅了しようという意志の強さは感じない。全く自然体なのに、何だかいつの間にふわりと囚われてしまう。それこそが「女神」の証。メアリーはまさにそういう人だった。言葉で説明するのは極めて難しいが、でも何となく見た目にも、「女神」の気配を感じないではない。
だからこそキャスティングは簡単じゃなかった。極めて尊いのに、非常にさりげない、そういう稀有な魅力を備えた女優を探すのは確かに至難の業だったはずなのだ。そのせいだろうか。メアリー役のルーシーは、現実にもフレディー役のラミ・マレックを虜にして、今2人は恋人関係にあると言う。
時代のスーパースターたちが、全員惚れてしまったモテまくりの「女神」パティの 身体的特徴は?
クイーンへの再注目を引き金にして、伝説のロックスターたちの人生が、にわかに注目を集め始めた。例えばエリック・クラプトン。「ギターの神様」と言われる人で、デビューは70年代だが、ついこの4月も来日公演を果たしたばかりの現役。最大のヒット曲である、「ティアーズ イン ヘブン」は、平成生まれでも絶対に知っている。もう一曲、この人を象徴する作品「いとしのレイラ」もまた、きっと耳にしたことがあるはずだが、この曲こそ、世紀の「女神」のために作られたものなのだ。
じつはエリック・クラプトン、“自分の親友の妻”である女性に恋をしていた。その親友とはビートルズのジョージ・ハリスン、こちらも無類の大スターだが、やはり2人の天才に愛された「女神」がいた。パティ・ボイドと言う女性。モデルとして以上に、まずその「女神」っぷりが有名で、じつは彼らを上回るほどの大スター、ローリング・ストーンズのミック・ジャガーも、ビートルズのジョン・レノンも実は彼女に惹かれていたと言う。ミック・ジャガーなど数え切れないほど彼女を誘い、断わられ続けたというのだ。
ジョージ・ハリスンも一目惚れ、彼女とは、あくまで“親友の妻”としての出会いだったエリック・クラプトンをも、たちまち虜にしてしまう。彼女が誘いを断ると、クラプトンは3年の放浪の旅に出てしまうほど、この人妻を愛してしまったというのだ。最終的にはジョージ・ハリスンと別れて、クラプトンと結ばれているのだが…。
一体どんだけ美人なの? と思うはずだが、彼女はいわゆる前歯2本が出ていてしかも空きっ歯。モデルとして最初は苦戦したと言われるが、持ち前のセンスで次第に仕事を勝ち取り、やがて60年代のポップカルチャー、スインギングロンドンを代表するような存在となるのだ。彼女はその歯を直すことなくむしろトレードマークにして、人気を勝ち取っていった。正直、どんな女性でも落とすことができた大物ロックスターたちは、なぜこのファニーフェイスの女性に執着したかの理由も、何かその特徴的な前歯にあった気がしてならないのだ。
なぜなら、先にご紹介したフレディー・マーキュリーの女神、メアリーも、なんと前歯が出ていた。二本の歯が重なるように1本が前に出ていたのだ。まったくの偶然かもしれないし、偶然でないかもしれない。フレディ自身もそうだったように、歯が前に出ていたり隙間が空いていたりする人は、もともと天才肌で、生命力が強く、大きなことを成し遂げるタイプであるとも言われるが、少なくともそういう歯をも魅力にするだけのパワーが2人の女神にはあったと言うこと。特にパティ・ボイドは、本当に一目で人を釘づけにする不思議な魅力を持っていたと言われる。世界のスキャンダルの歴史を紐解いても、ここまでモテまくった女性は外にいないほど。だからぜひネットをひっくり返してまでも、パティー・ボイドの姿を見てほしい。
ある意味、前歯だけなら直そうと思えばいくらでも直せるのに、それを売りにしてしまう大らかさ、前向きさ、勢いその奥行きが、未来の孤独な大物スターたちを自然に包み込んだのかもしれない。マイナスもプラスに転じ、全部オッケーよと、相手をありのままで許容するような寛容さ、相手をホッとさせるような包容力を持っていたのではないか。
なんでも、自分の恋人の友達に本気で惚れられてしまう女はこのタイプが極めて多いと言う。恋人の男をふんわりと暖かい懐に入れて許してあげている姿が、自分もぜひそうしてほしいと言う衝動を生むのだろう。言い換えればそれは1つの母性。母性といっても、自分の所有物にひたすら愛情を注ぐ母性ではなく、もっと大きな母性。年齢を超えて、聖母の印象を持った女こそが女神になり得るのだ。
覚えていてほしい。ファニーフェイスの聖母タイプ、あらゆる美しさを凌駕する「女神」の一つの条件である。
『美的』7月号掲載
文/齋藤 薫 イラスト/緒方 環
※価格表記に関して:2021年3月31日までの公開記事で特に表記がないものについては税抜き価格、2021年4月1日以降公開の記事は税込み価格です。