ゲスト・吉本ばななさん|作家LiLyの対談連載「生きるセンス」第5話「同じ時代、でも世代で変わる世界」
「年齢を重ねるということはどういうこと?」。楽しいことばかりではないし、かといってつらいことばかりでもない。人生の先輩に訊いてみました。「 私たちに生きるヒントを授けてください」と。40代からの人生が輝く"読むサプリ"。 2人目のゲストは、作家の吉本ばななさんです。 【作家LiLy対談連載「生きるセンス」第2回ゲスト・吉本ばななさん 】
「それぞれの頭で考えて発言していいとなった場合、
バラバラになって秩序が乱れたりするんですかね?」
「意外と、乱れないんですよ。ただ、乱れるってことにしておかないとって(空気があるだけで)。学校でもそう(協調性と忠誠心が重視される)なら、会社はもっとですよ。お金をもらっているわけですから。
ただ、これはもう大昔からですよね。どうして年貢を納めなきゃいけないんですか? って聞いたら、その場で首をカットですから。そういう意味では何も変わっていない。今はその場でカットされないだけマシなのかなぁ」
「さすがに首は斬られなくても、仕事を失うことでジワジワと殺されるって点では同じなのかも?」
「そうかもしれないですねぇ」
ばななさんと話しながら、国際社会に通用する人を育てることと日本社会に馴染める人を育てることでは、方法がまるで違うと感じたことを思い出していた。
私が我が子たちに与えたいと願う教育のゴールは、自分の頭で考えて自分の意見を自分の言葉で話せる人になること。
確かに集団生活においては、スルースキルや協調性も大事にはなってくる。これは世界のどこに行っても多少はそう。でも、日本(での教育のゴール)と先進国(で成功する人材の育成)とのあいだに大きなギャップができていることも、今の日本が後退していっている要因になっている気がしてならない。
ただ、上からの圧そのものをスルーできる若者が増えている実感はあるし、生まれながらにインターネットがあるデジタル世代の若者たちのあいだには、国境というボーダーそのものがどんどん薄くなってきているとも言える。
“経済の悪化によって奪われているチャンス”という面でも、SNSの出現によって、その気になればスマホ一つで自ら世界に発信できる時代にはなった。そう考えるとやはり、「個」の力がどんどん大事。社会全体の大きな流れに沿っていれば大丈夫な時代は終わったのだ。流れそのものが停滞してしまっているのだから。
「そのことを今の若い人はちゃんとわかっている」とばななさんが言うならば、それなら大丈夫だ、なんとかなるんだ、という気持ちになってくる。
そして、もう一つ。
ふとした流れで「女の作家はモテない」問題に言及したばななさんに、まさにここ二十年で私が体感した時代の変化の話をした。
それこそ私が20代の頃は、ばななさんが言うように知性や経済力の面で男性よりも上にいくことが「モテ」と反比例していく空気を私も肌で感じていた。
当時は空前のモテ(る女を目指そう)ブームだったが、だからこそ「女がモテを目指したら終わりだ! 成長しない選択をする!と同義語になってしまう」という内容をエッセイ本『タバコ片手におとこのはなし』の中にも書いたくらいだ。当時、私は25歳。
そこから33歳で離婚をして、20代の男性と付き合うようになったら、ビックリするくらいの変化を感じた。“職業モテ”をし始めたのである。
「文章書けるの? すげえええ!! みたいなことですか?」
「そうです、そうです(笑)。私は美人でもないしバツイチ子持ちなのに、なんでこんなに年下に需要があるんだろうって冷静に考えたら、そこが大きいと気づいてビックリしました。引きこもって育児をしていた間に時代が大きく動いている…と! 」
「リリちゃんより下の世代は確かにそうかもしれない! リリちゃんより上の世代はまだそうじゃないと思いますよ」
「はい。まさにそうなんです。世代でクッキリと分かれているのを感じます。どうして10歳くらい年下の男性と気が合うんだろうって考えたら、彼らを育てたお母さんが若くて価値観が新しいからなんです。
もちろん個人差はありますけど、強い女にビビらない、むしろかっこいい女性が好き、という若い男性は二十年前からは考えられないほどに多いし、私と気が合うこの彼を育てたお母様は吉本ばななの小説を読んできたんだろうなって感じることも多いの。そういうのってもう空気で分かるんですよ」
「なんていい時代だ!!」と
ばななさんは楽しそうに笑った。
「もっと言うと、若い世代の中では、人の魅力とジェンダーが関係なくなってきているのを感じます。昔は、男にモテる男は女の敵・男にモテる女は女の敵、みたいなところがあったけど、今は“人間として魅力的であれば人間にモテる”みたいな風潮なのかもしれない」と私が言うと、「そうかもしれないですねぇ。ああ、小説は早かったけど私は遅かった!」とかわいい笑顔で言った。
そして、「でも今からモテてもめんどくさいしなぁ〜」なんて、ばななさんはどこか他人事みたいに淡々とつぶやいたけれど、ばななさんこそが、このような変化を社会に及ぼすきっかけを作った重要人物だと私は思っている。
「女の子だから」「男の子だから」の刷り込みと縛りから解放されたら、男も女も、またどちらにも分類できない性の人にとっても、すべての人にとってより生きやすい社会になってゆく。まさにそれは、吉本ばななの小説の中みたいな世界なのだ。
時代は悪いが、
今の若者は素晴らしい。
そんな思いを、希望を、吉本ばななさんと共有できたことは
これからの私の育児にとっても“アキレス腱”になってくれる。
>>次回8月26日公開
第6話「社会ではないこの世 ~対談後記~」
吉本ばなな:‘64年生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。1987年『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30カ国以上で翻訳出版され、国内のみならず、海外の文学賞も多数受賞。近著に『ミトンとふびん』『私と街たち(ほぼ自伝)』など。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。noteはこちら。
LiLy:作家。’81年生まれ。神奈川県出身。N.Y.とフロリダでの海外生活を経て上智大学卒。25歳でデビューして以来、女性心理と時代を鋭く描き出す作風に定評がある。小説、エッセイなど著作多数。instagram @lilylilylilycom noteはこちら。
文/LiLy 撮影/須藤敬一 ヘア&メイク/YOSHIKO(SHIMA)(吉本さん)、伊藤有香(LiLyさん) 構成/三井三奈子(本誌)
※価格表記に関して:2021年3月31日までの公開記事で特に表記がないものについては税抜き価格、2021年4月1日以降公開の記事は税込み価格です。