大高博幸の美的.com通信(272) 『リトル・フォレスト 冬/春』『ラブストーリーズ コナーの涙/エリナーの愛情』『愛して飲んで歌って』 試写室便り Vol.85

生きるために食べる。
食べるためにつくる。
『リトル・フォレスト 冬/春』 (日本/120分)
2.14 公開。littleforest-movie.jp
【STORY】 “小森”は 東北の とある村の中の小さな集落。いち子は 一度 街に出て 男の人と暮らしたりもしたが、自分の居場所を見つけられずに ひとりで ここに戻ってきた。「言葉は あてにならないけど、わたしの体が感じたことなら信じられる」と思い、稲を育て、畑仕事をし、野山で採った季節の食材から食事を作って食べる毎日。母のレシピを作りながら、今までの自分、これからの自分を思い、心が揺れ始める いち子。「わたしは、ちゃんと向き合えなくて、それで小森に帰ってきたんだな…」 そんな ある日、1通の手紙が届く。それは 5年前に 突然失踪した母・福子からの手紙だった―― (プレスブックより。一部省略)
約1年にわたり 岩手県でオールロケを敢行した、『夏/秋』『冬/春』全4部作の後篇(前篇を観ていなくても 鑑賞上の問題はありません)。野菜の栽培と料理の場面を中心に、いち子、その親友のキッコ、幼馴染のユウ太、いち子の母、そして集落の人々との交流を絡めた内容です。
エコライフに憧れを抱く方々と 料理好きの皆さんには絶対オススメの映画ですが、僕は いち子の生活と人間関係に興味を感じて、全篇を面白く鑑賞しました。
「母さんのようには できない」と言いながらも料理上手な いち子。そんな彼女も「最初のうちはインスタントラーメンばっかり食べてた。肉や野菜のエキスが入っているから まぁいゝかと考えながら。でも『ひでえなぁ』と自分で思って、ラーメンのカップに土を入れ、とりあえずラディッシュの種を蒔いて育てたのが始まり」なんだそう。このモノローグには勇気づけられる読者が多いのでは? そんな彼女、アルバイト先の スマートというよりは栄養不足風の男子が、いつもランチを菓子パンだけで済ませていると知り、お弁当を用意してあげたりする。その結果は 映画を観ての お楽しみというコトに させていたゞきますが、それにしても あの男子、今後の健康と命が思いやられます。気づけない若さって、本当にコワイものです…。
撮影は 外景・内景ともに美しく、編集は 1種のワイプの手法を採用して、料理の手順を簡潔に分かりやすく、おいしそうに観せてくれます。出演者も粒ぞろいで、いち子役の橋本愛は 美しく愛らしく、キッコ役の松岡茉優は ケンカをしたり謝ったり、考えたりしている顔が魅力的。ユウ太役の三浦貴大は 集落の青年に なりきっているし、桐島かれんは 理屈っぽい上に 少々身勝手な母親役を好演しています。監督は 森淳一。
P.S. 本作には干し柿作り、餅つき、薪割り、煙突清掃等の場面が出てきます。僕は 祖父母と一緒に暮らした子供の頃を、突然 鮮明に想い出し、しばし幸せな気持ちと淋しい気持ちの両方を味あわせてもらいました。想い出させてくれた この映画に 感謝しています。ありがとうございました❤

傷ついた ふたつの心が 時を経て、
再び愛に気づくまで。
ひと組のカップルの別れから再生までを、
男の視点『コナーの涙』、女の視点『エリナーの愛情』2作品で映し出す。
はじめて知る男と女の心のうち。
『ラブストーリーズ コナーの涙』 (アメリカ/95分)
『ラブストーリーズ エリナーの愛情』 (アメリカ/105分)
2.14 公開。www.bitters.co.jp/lovestories
【STORY】 エリナーとコナー。子どもを失い、結婚生活を解消したふたり。それぞれ新たな生活を送っていくが、その日々は空虚なものだった。お互いに求め合いながらも すれ違うふたりの心。その時、彼らは同じ景色を見ていたのだろうか? 時が経ち、傷が癒えたふたりの心に 再び愛が灯るまで。(試写招待状より)
舞台はNY.マンハッタン。生後2ヶ月のベビーを亡くして以来、亀裂が生じてしまったエリナー(ジェシカ・チャスティン)と コナー(ジェームズ・マカヴォイ)の夫婦仲。どちらも 多少なりとも自己中心的であったコトと、男と女の微妙に異なる感覚とが禍して、一緒に暮らせない日々が続いている。最終的に ふたりは再び 寄り添うコトになるのですが、夫婦円満の秘訣は、相手に対する理解と譲歩と忍耐(言い換えれば 思いやりと受容の心)、そして決定的な別れ話を切り出さないコトだと、この映画は教えてくれます。それも 少しも説教調ではない方法で…。
『コナーの涙』は ふたりがレストランで食い逃げを決行する愉快な場面から、『エリナーの愛情』は 彼女が イーストリヴァーに身投げするという場面から それぞれ 始まります。2本の映画には 同じ場面が 数回現われますが、ふたりの それぞれの立場や生活を別々に捉えていて、両方を観るコトによって 両者=男と女の気持ちが より深く分かるようになっています。ラストは両方とも ふたりの邂逅を暗示して終るのですが、そこでは 全く異なるテイクが使われていて、どちらも印象的かつ感動的でした。
本作は どちらか 1本だけを観ても、どちらを先に見てもOKな作りで、前後篇とは全く異なる 一種の連作と言えるでしょう。But、僕はスケジュールの都合で『コナー…』を11月下旬に、『エリナー…』を歳明けに観るという形になったコトが、結果的に幸いしたと感じています。
登場人物は、主役ふたり、エリナーの両親(ウィリアム・ハート、イザベル・ユペール)、妹(ジェス・ワイクスラー)、その可愛い盛りの幼い息子、ふたりの共通の友人たち、大学の教授(ヴィオラ・デイヴィス、『ヘルプ~心がつなぐストーリー』で アカデミー賞®主演女優賞にノミネート)ら、共感を抱ける人物ばかり。俳優陣も全員適役好演で、彼らの会話の中に アメリカ的ユーモアが散りばめられているところも良かったです。
ジェシカは 相変わらず青白いほど色白の美肌。たゞし今回は、シャドウとマスカラが濃い割に眉が極端に薄く、口紅の色も相当ペール。髪は 最初の場面ではロング、自殺を図った後はショート、ラストシーンではオールバック風のスタイルで現われます(好みの問題でしょうが、彼女にはロングがベスト。オールバックはトレンチコート姿に よく似合っていました)。また、Gパンで登場する数場面では、その驚くほど綺麗なヒップラインに見取れてしまう方が多いはずです。
台詞で とても印象的だったのは、『エリナー…』のラスト近くで、彼女の父が 淡々と語る “ほんの2秒の間に起きた 最悪の一瞬と最高の一瞬”の回想話。それは 非常にリアルな上に素晴らしく感動的で、僕は 一生忘れずにいようと 自分に言い聞かせました。
脚本と監督は、今回が初の長編作品だという ネッド・ベンソン(’77年、ジェシカの誕生より10日後の生まれ)。彼の今後には注目せざるを得ません。すごい才能の持ち主なのだと思います。
話が大きくソレてしまいましたけれど、この映画は 恋愛について、結婚生活について、真面目に考えようとしている方々にとって、何にも勝る贈り物となるでしょう。後で大きな利息が付いてくる程の、です。2本とも、ぜひ観てください。未婚のあなたも、既婚のあなたも、男も女も。

その嘘、ホント?
友人 ジョルジュの余命が わずかなことを知った 3組の夫婦は、
彼の残りの人生を良きものにすべく 一致団結するのだが……。
『愛して飲んで歌って』 (フランス/108分)
2.14 公開。www.crest-inter.co.jp/aishite
【STORY】 イギリス、ヨークシャー郊外。とある春の日。3組の夫婦は、友人 ジョルジュが 病気で余命わずかと知らされて悲しみにくれる。すぐさま 彼らは気を取り直し、愛すべき旧友の 残り少ない人生を良きものにしようと一致団結。だが、過去に ジョルジュと関係のあった女たちは 彼をめぐって火花を散らし、男たちは右往左往する。春、夏、秋と 季節が変わっていく庭を舞台に繰り広げられる 男女6人の嘘と真の駆け引き。そんな人気の的のジョルジュとは、いったい どんな人物なのか……。(チラシより)
フランス映画の巨星 アラン・レネ監督(1922-2014)の最後の作品です。
レネ監督の代表作と言えば、『夜と霧』(’55.アウシュヴィッツ収容所に於ける、ナチスによるユダヤ人大虐殺の実態を描いたドキュメンタリー)、『二十四時間の情事』(’59.広島へ撮影に訪れたフランス人女優と日本人男性…。その出会いと 双方の戦争体験に基づく意識のズレを描いたドラマ)、『去年マリエンバードで』(’61.マリエンバードで去年出会った男と女の、過去と現在、現実と幻想が交錯する、審美的かつ難解なドラマ)。
しかし この遺作は、そのいずれとも趣を全く異にする、英国的ユーモアとフランスのエスプリが見事に融合した大人のための喜劇。まるで芝居(演劇)の舞台面のような画割のセットの中で、選り抜きの俳優たちが交わす ユーモアとウィットとアイロニーを綾織りにした台詞が 第一の魅力です。また、右の画像にあるようなイラストが 再三スクリーンに現われて 場面転換して行く手法など、レネ監督の洗練と稚気とが一体化している構成が新鮮で目に楽しい。
But、会話が主体の作品のため、台詞字幕を追い続けなければならない僕としては、多分 疲れている日に観たせいもあって、108分が 少々長く感じられました。しかし、フランス人やフランス語が堪能な方々にとっては、笑いの止まらないソフィスティケイテッド・コメディとして、愛すべき貴重な一篇となるはずです。
次回の試写室便りは、アウシュヴィッツ強制収容所解放から70年に寄せて公開される、ホロコーストの“記憶”を“記録”した、クロード・ランズマン監督による傑作ドキュメンタリー3本について紹介します。配信は明日、2月11日です。
アトランダム Q&A企画にて、 大高さんへの質問も受け付けています。
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![]() 大高 博幸 1948年生まれ。24歳の時、日本人として初めて、パリコレでメークを担当。『美的』本誌では創刊以来の連載「今月のおすすめ:大高博幸さんが選ぶベストバイ」を執筆。 ■大高博幸の美的.com通信 https://www.biteki.com/article_category/ohtaka/ |
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