大高博幸の美的.com通信(54)YSLの創造と愛、光と影の物語〜試写室便りNo.10
人生で最も大切な出会いは、自分自身と出会うこと─。
狂おしい創造の愛。見届ける愛。
モードで女性に自由と美を与えたフランスの国宝的デザイナー イヴ・サンローランの孤独と喝采の日々。
『イヴ・サンローラン』(原題=L’amour Fou)
トロント国際映画祭批評連盟賞受賞。
★詳しい内容&クレジットetc.は、www.ysl-movie.com へ。
<4月23日(土)から、TOHOシネマズ六本木ヒルズほかにて上映>
もしもこのドキュメンタリー映画が、オートクチュール・ブランドの“プレステージの誇示”に終始するような内容だとしたら…と、微かな不安を抱きながら試写に出向いた僕ですが、その不安は完全に打ち消されました。過剰な商業主義による俗物的要素は皆無で、むしろ徹底的に描き出されたYSLという人物と彼が生きた時代、及び最愛の人に先立たれたピエール・ベルジェが、その喪失感を如何にして乗り越えたかを、淡々と、しかし情熱を持って追究しようとした素晴らしい映画でした。
画面は2002年のYSL引退発表記者会見の場面から、2008年の彼の葬儀の模様を伝える実写フィルムへと潔よく続き、約半世紀にわたって公私共にYSLを支え続けたピエール・ベルジェの語りへと繋がっていきます。知的で明晰、かつ穏やかで慎み深く、傲慢さのかけらもない彼のモノローグに重ねて、ふたりが一緒に暮らしたアパルトマン、いくつもの別荘、そして数多くの美術・骨董品が、ふたりの関係性を物語るかのように緩やかなテンポで映し出され、モードそのもの以上に、ニュース・フィルムや初公開されるプライベート映像と写真がフラッシュされるという構成。最後は2009年に開催された美術・骨董品のオークションと、それを見守るベルジェの微妙な表情で締めくくられています。
それらを通じて浮き彫りにされるのは、YSLのシャイで内向的な性格、極端なまでの繊細さ…、喝采と名声の裏にあるクリエーターとしての苛酷なプレッシャーと、うつ病との闘い。そして例外的に長く続いたふたりの愛の軌跡…。これはドキュメンタリーでありながら、その枠を超えているような作品です。“ドキュメンタリー”と単純にカテゴライズするには不適当な“何か”を、この映画は備えているのです。
映像としては、いくつものショー場面が勿論素晴らしく、スタッド・ド・フランスに五大陸から300名以上のモデルを集めて行われた1998年のショーなどは、まるでオリンピックのセレモニー。個人的には、ジジ・ジャンメール(世界的に知られたパリのレヴューの女王)が、YSL特製のフワフワしたピンクの衣装を着て楽し気に踊る1961年の映像と、引退記念の舞台でYSLのために歌うカトリーヌ・ドヌーヴの姿に、胸を締めつけられる想いがしました。
しかし、それらにも増してインパクトが強かったのは、YSLのモデルとして長く活躍したルル・ドゥ・ラ・ファレーズの存在、複数のインタビュー・シーンです。豊かな感受性と深い洞察力を持ち、しかも陽気で率直な彼女の語りと個性あふれる表情は、観る者を魅了し、感動させずにはおかないでしょう。さらに、彼女はYSLにとって、“メンタル・バランサーの役割をも果たす貴重な存在”だったコトに、今回初めて気づかされました。
なぜなら、その証拠と言ってはおかしいでしょうが、モデル業を退いた後も、バックステージでYSLを励ますかのように明るく振る舞うルルの姿を、アーカイブ映像の中に発見するコトができたからです(映画の後半、エイズ撲滅運動のシークエンスの直後に映し出されるショー会場の場面中、明るいピンクベージュのブラウス×白いパンタロン姿でタバコを手にしている女性…それがルルです)。
この映画を配給・宣伝する「ファントム・フィルム」社の特別な厚意によって、僕はこの映画を2度観るコトができました(感謝!!)。しかし将来、この映画がDVD化されたなら、また繰り返し観て、特にピエール・ベルジェの心情を、より深く理解できたらと思っています。
以下は余談ですが、僕は28or29歳の時(今から33or34年前)、東京・銀座8丁目の「英国屋」の上階にあった「リッツ・コーポレーション」(当時、YSLのフレグランスを輸入・販売し、化粧品導入の準備をも進めていた会社)で、ジョン・C・ヤング社長に呼ばれ、来日中のピエール・ベルジェ氏に御挨拶をさせていただいたコトがあります(握手の後、笑顔で肩を叩いてくださったのですが、その時はまだ、彼がYSLの私的なパートナーでもあるコトを、僕は知りませんでした)。今考えると、とても名誉な出来事だったと改めて思います。
この映画は、ファッション・ビジネスに携わる人たちのためのテキストではありません。むしろ、「人生で最も大切な出会いは…」というYSLが引退発表記者会見の終了間際に口にした言葉(この作品のキャッチコピーは、そこから採られています)…、この言葉に少しでも惹かれたすべての人のための映画です。ひとりで観てもいいし、誰と観てもいいと思います。上映時間は108分(1時間48分)です。
※価格表記に関して:2021年3月31日までの公開記事で特に表記がないものについては税抜き価格、2021年4月1日以降公開の記事は税込み価格です。