調香師から楽しむ香水の世界。ラグジュアリーからニッチまで最注目のパフューマー9人
作家で本を選ぶように、監督で映画を選ぶように、香水も“作り手”から選んでみませんか? ラグジュアリーブランドの専属調香師から、ニッチ香水界が注目する若手調香師まで...9人の天才パフューマーをご紹介。“推し調香師”を見つけて、香りの世界をより深く楽しんでみて。
調香師とは?
そもそも調香師ってどんな職業?改めてその定義について、ニッチフレグランス専門店「NOSE SHOP」代表の中森さんに伺いました。
ラグジュアリーブランドの名香を生み出す専属調香師
メゾンの世界観を香りで表現する専属調香師たち。超一流の実力派が紡ぐ香りの個性と代表作をご紹介します。
ディオール/フランシス・クルジャン

ディオール パフューム クリエイション ディレクター
フランシス・クルジャン
革新を続ける情熱的なアーティスト
祖父はテーラー、叔母はディオールのパタンナーというファッション家系に生まれたフランシス・クルジャン。ファッションデザイナーを目指すも絵が苦手なため断念。調香師を志し、ベルサイユの名門調香師学校「International Perfumery School」で学ぶ。
25歳という若さでジャンポール・ゴルチエ初のメンズフレグランス「ル マル」(1995)を手がけ大ヒット。以降、多くのブランドで傑作を生み出し、“若き天才調香師”として地位を確立した。その後もオーダーメイドのフレグランス制作や、現代アーティストとのコラボレーションを通して、香水というジャンルの可能性を広げている。
2021年、ディオールのパフューム クリエイション ディレクターに就任。メゾンの伝統を受け継ぎながらも、素材を大胆にアレンジした香りは、まるでディオールのワードローブをまとっているような高揚感をもたらす。
代表的なフレグランス
右/ラ コレクシオン プリヴェ クリスチャン ディオール ローズ スター オードゥ パルファン 100ml ¥45,100
クリスチャン・ディオールが愛したローズと幸運のスター、メゾンの2つの象徴が出合ったローズフレグランス。星の5つの頂点をたどるように、シトラス、フルーティー、スパイシー、ムスクやハニーといった香調がローズの多面性を表現し、肌に溶け込むようにセンシュアルに香る。
左/メゾン クリスチャン ディオール ルージュ トラファルガー エスプリ ドゥ パルファン 80ml ¥57,420
オートクチュール ショーの真っ赤なドレスから着想を得た、赤い果実の濃厚なフルーティフローラル。ピンクペッパーコーンの力強いアクセントとローズエッセンスが艶やかに香り、スカーレットレッドのキャンディアップルが爽やかな余韻を残す。
ルイ・ヴィトン/ジャック・キャヴァリエ・ベルトリュード

ルイ・ヴィトン マスター・パフューマー
ジャック・キャヴァリエ・ベルトリュード
世界3大調香師の一人と称される「調香界のモーツァルト」
香水の都・南仏グラースで、祖父の代から続く調香師の家系に生まれたジャックは、幼少期から香料を嗅ぎ分ける感性を磨き、わずか8歳で調香師になることを決意する。
その後、大手香料メーカーのフィルメニッヒ社に22年間務めるなかで、“アクア系香水の元祖”とも言われる「ロードゥ イッセイ」(1992年)を手がけ、世界的に大ヒット。翌年以降も「ジャンポール・ゴルチエ クラシック」(1993年)「ブルガリ プールオム」(1995)など、今でも世界中で愛されている定番フレグランスを数多く生み出す。
2012年にルイ・ヴィトンのマスター・パフューマーに任命。4年以上も歳月をかけて、ルイ・ヴィトンで70年ぶりとなるフレグランス・コレクション「レ・パルファン ルイ・ヴィトン」を発表。
代表的なフレグランス
右/eLVes ルイ・ヴィトン オー ドゥ パルファン 100ml ¥48,400
勇気、強さ、美しさという現代女性の多面性を表現したフローラルアンバーの香り。バラとスズランがフレッシュに香り、そこにブラックカラントやピーチ、ほんのり甘いココナツミルクが爽やかさを、シナモンとジンジャーのスパイスが力強さを添える。
左/ルイ・ヴィトン ファンタスマゴリー パルファン 100ml ¥86,900
18世紀の夢想的なイルミネーションショーから着想を得た、バニラの輝きを閉じ込めた香り。パプアニューギニア産のタヒチ種バニラに、ほのかなアニス、フローラルでほのかなレザーのような香りに、アーモンドエキスのパウダリーな柔らかさが深みを加える。
シャネル/オリヴィエ・ポルジュ

シャネル 専属調香師
オリヴィエ ポルジュ
香りで旋律を奏でる、シャネル フレグランスの継承者
グラースで生まれ、美術史を専門に勉強した後に、調香師のトレーニングを受ける。
10代の頃からクラシック音楽の魅力にとりつかれていた彼は、ピアノを弾くことを日々の習慣にしており、音符(ノート)を奏でるかのように、フレグランスの香調(ノート)を組み合わせるという独自の調香スタイルをもつ。
父、ジャック ポルジュは、シャネルの3代目専属調香師を37年間務め、「ココ マドモアゼル」「チャンス」「ブルー ドゥ シャネル」などを生み出した巨匠。オリヴィエは父から受け継いで、2015年にシャネル専属調香師に就任する。
シャネルではすでに20種以上もの香りを生み出しており、クラシックとアヴァンギャルドの両立、ウッディかつきらめき感のある香調を得意とする。
代表的なフレグランス
右/シャネル チャンス オー スプランディド オードゥ パルファム 100ml ¥24,200
弾けるようなラズベリーに、グラース産ゼラニウムが優美に香るフルーティフローラル。ローズやヴァイオレットを感じさせる甘酸っぱい香り立ちから、ゼラニウムの光に満ちた豊かなフローラル、セダーとホワイトムスクの神秘的な香りを放つ。
左/同 レ ゼクスクルジフ ドゥ シャネル 1957 200ml ¥66,000
1957年は、ガブリエル シャネルが影響力の強い20世紀のファッション デザイナーとして、世界的に著名な賞を受賞した年。1957はその記念すべき年をイメージし、ホワイトムスクにウッディの力強さが重なった光り輝くようなフローラルノートの香り。
エルメス/クリスティーヌ・ナジェル

エルメス 香水クリエーション・ディレクター
クリスティーヌ・ナジェル
科学の素養にすぐれた香りの画家
香料メーカーで有機化学を研究する中で、調香師というクリエーションの世界と出合ったクリスティーヌ・ナジェル。名調香師ミシェル・アルメラックに師事した後、「ナルシソ ロドリゲス フォーハー」 (フランシス・クルジャンとの共作)、「ジョー マローン ロンドン イングリッシュ ペアー&フリージア コロン」などヒット作を生み出し、数多くの賞を受賞する。
絵画をこよなく愛するクリスティーヌは、さまざまな画家からインスピレーションを受け、まるで絵を描くように香りをつくり上げるのも特長のひとつ。ゴッホが反対色によって鮮やかなコントラストを描いたように、天然素材とハイテク素材を組み合わせた香りは、独創的でありながらもオーセンティックで心地よく肌になじむ。
代表的なフレグランス
左/エルメス オー ド パルファム 《バレニア》 100ml ¥25,630
クリスティーヌが考案したエルメスならではのシプレ系フレグランス。魅惑的なミラクルベリーに繊細なジンジャーリリーを組み合わせ、ミステリアスなパチョリとラム酒のようなオークウッドが肌の上でエレガントに香る。
右/同 オー ド パルファム 《ウード・アルザン》 100ml ¥47,520
官能的なウード(沈香)に花びらを感じるローズ2種を組み合わせたジェンダーレスな香り。クリスティーヌの香りの記憶――栗毛(アルザン)の馬に首を埋めた時のうっとりするような温かみのある動物の匂い――が着想の原点となっている。
ゲラン/デルフィーヌ・ジェルク

ゲラン専属調香師&フレグランス クリエイション ディレクター
デルフィーヌ・ジェルク
色彩あふれる香りのデザイナー
パリのESMODでファッションとデザインを学んだ後、香りの世界に魅せられ、調香師の道を選んだデルフィーヌ。ファッションスクール出身というユニークな経歴は、フレグランスの制作過程でも生かされており、ムードボード(画像や文章をコラージュしたデザインラフ)を作成し、視覚的なインスピレーションから香りをデザインする。
彼女の代表作「ラ プティット ローブ ノワール」(2012)は、パリジャンスタイルを象徴するリトル ブラックドレスから着想を得たローズフレグランスの傑作であり、ここからデルフィーヌとゲランのコラボレーションが始まる。
2014年、ゲランの専属調香師に就任。万人受けにこだわりすぎず、人の心を動かす存在感と感情のある香りを信念に作り上げたフレグランスは、世界中の香水愛好家から熱い支持を集めている。
代表的なフレグランス
右/ラール エ ラ マティエール ベチバー フォーヴ 100ml ¥50,270
小説『ジャングル・ブック』からインスピレーションを得た、ベチバーのフレグランス。湿った土や露に濡れた葉を思わせるベチバーに、青々としたグリーンアコード、イチジクとパイナップルのフルーティな香りが、生命力に満ちあふれたジャングルの世界を描く。
左/ラール エ ラ マティエール ペッシュ ミラージュ 100ml ¥50,270
ラール エ ラ マティエール コレクションの中で、日本で最も人気の香り。甘くジューシーなピーチに、オスマンサス(金木犀)のフルーティでレザーを思わせるアクセントが優雅に香る。
ニッチフレグランス界が注目する個性派調香師たち
巨匠から若き鬼才まで、今フレグランス業界から熱い視線を浴びている4人の調香師をピックアップ。個性豊かな経歴と得意とする香りにご注目!
カリス・ベッカー

世界トップの実力をもつ大御所調香師
ディオールの歴史的名香「ジャドール」を手がけ、YSL、Marc Jacobs、KILIAN PARISなど世界的に有名な傑作を生み出している香水界のスーパースター。科学的知識と伝統的な調香方法を重んじ、調香師のエリート学校ジボダン・パフューマリースクールの現校長も務めている。紅茶文化が盛んなロシア系家庭で育ったカリスは、お茶の香りへの関心が高く「キリアン パリ インペリアル ティー」「トミー ヒルフィガー トミー ガール」など紅茶フレグランスの名手でもある。
代表的なフレグランス
左/エッセンシャル パルファン | ザ ムスク 100ml ¥18,700
とろけるように甘いハニーと極上のムスク、滑らかなサンダルウッドが織りなすフレッシュで温かみのある香り。
右/アーキスト | インディゴ スモーク 1646年5月 福建省武夷山 100ml ¥35,200
古代中国の伝統的な紅茶ラプサンスーチョンティーから着想を得たオードパルファム。新鮮な山の空気やお香で満たされた寺院を思わせるアロマティックな香り。
ルカ・マッフェイ

イタリア香水界の若き注目株
父と祖父も香水業界で活躍し、幼い頃から香りのエッセンスに囲まれていたルカ。香水の都グラースにて著名調香師に師事し、2013年イタリア・ミラノで開催された30歳以下の調香師のコンテストでファイナリストに選ばれて以降、注目の若手パフューマーとして躍進を遂げている。アッカ カッパ、カルトゥージアなど数々のブランドですでに50種類以上の香水を手がけており、特に天然香料を使った美しい花の香りが高い評価を得ている。
代表的なフレグランス
左/ラボラトリオ オルファティーボ | マイロ 100ml ¥24,200
ピンクペッパー、シトラスの爽やかなトップノートに、純粋無垢なホワイトリリーが愛らしく香るフルーティーフローラル。
右/ウビガン | アンブル リュビー 100ml ¥36,300
チェリー、ラム、ジャスミンが奏でる情熱的なルビーの輝き。アンバーや果実、インセンスがオリエンタルなムードを漂わせる。
ベルトラン・ドゥショフール

無秩序の巨匠
40年以上のキャリアを持ち、ニッチフレグランス界で高い人気を誇るベテラン調香師。ラルチザン パフュームの「タンブクトゥ」や、コム・デ・ギャルソンの「インセンス アヴィニオン」を代表とするインセンス(お香)の香りを得意とし、“違和感があるけど美しい”独創的な世界観で知られている。2025年に自身のフレグランスブランド「L’Entropiste(ラントロピスト)」を創設。秩序から無秩序への移ろい、静けさからカオスを経て、新たな調和が生まれる世界を香りで体現する。
代表的なフレグランス
左/ラントロピスト | ドリアンズ スプリーン(ドリアングレイの倦怠) 50ml ¥39,600
オスカー・ワイルドの小説『ドリアン・グレイの肖像』の世界を描くグルマンスモーキーな香り。ウイスキー、コーヒー、ダークチョコレート、キャラメルの甘やかな快楽に、タバコ、灰がメランコリックな影を落とす。
右/ネイド | エイリアン フルーツ 30.03(3月30日 フランチェスカの夢)50ml ¥16,500
色鮮やかなリゾートを舞台に、ザクロやグアバ、レッドフルーツがみずみずしく香るフルーティフローラル。モールス信号を施したキャップのデザインにも注目。
クォンタン・ビッシュ

陰影を操る現代のスター調香師
香水業界で今もっとも注目を浴びている新進気鋭の調香師。もともとダンサーや劇団の芸術監督であったという異色の経歴ながら、子供の頃からの調香師への夢を諦めきれず、その情熱で名門ジボダン・パフューマリースクールに入学。その後ジボダン社の調香師としてイヴ・サンローラン、クロエ、ディプティックなど様々なブランドの香水を手がけている。
舞台芸術は今でも彼のクリエーションに影響を与えており、まるで舞台上の主役にスポットライトを当てるかのような、陰影のコントラスト――暗闇の中にほのかな光を感じる香り――が魅力のひとつである。
代表的なフレグランス
左/エタ リーブル ド オランジェ | エルマン もう1人の自分 100ml ¥25,300
暗闇の森で2人の騎手のうち一人が答えた。「隣りのエルマンは、私の影のようだった。」
ロマン主義の文豪ヴィクトール・ユゴーの詩をモチーフにしたシプレ系香水。湿った森を思わせるベチバーやパチョリに、ローズが官能的に香る。
右/エッセンシャル パルファン | ボア アンペリアル 100ml ¥18,700
インドネシアの最高級パチョリを主役に、バイオテクノロジーで再利用されたアキガラウッドを用いたフレッシュなウッディノート。スパイシーなバジルと、きらめくペッパーとグレープフルーツの香りが見事なコントラストを織りなす。
※価格表記に関して:2021年3月31日までの公開記事で特に表記がないものについては税抜き価格、2021年4月1日以降公開の記事は税込み価格です。
「シャネル N°5を作った調香師は?」この問いに答えられる人は100人中1人もいないのでしょうか。
それほど調香師は長年、影の存在でありつづけた職業でした。2,000年代になって「フレデリック マル」というブランドが調香師を前面に押し出した香水を生み出し、ようやく世間にこの職業が知れ渡るようになりました。
ここ数年は、香りを調香する人=調香師と呼ぶことも増えていますが、香水業界における本来の調香師というのは、大学で化学を学んだ後、ISIPCA(イジプカ)といった調香学校で専門的に学び、大手香料メーカー(ジボダン社、フィルメニッヒ社など)に入社するのがエリートコースと言われています。そのあと数年は見習いとして師匠のもとで学びながら、徐々に大手ブランドの香水を手がけるようになって、ようやく一人前の調香師となります。
このような狭義の調香師は、世界でもそれほど多くはありません。また40代でも若手といわれるように修行期間が長く、70歳を超えても現役で活躍している方もいらっしゃいます。
最近はラグジュアリーブランドが他社との差別化として、著名なパフューマーを専属調香師に迎え、メディアに登場することも増えています。調香師という存在が身近になってきている今、映画を監督で選ぶように、香水も作り手から選んでみるのも楽しいのではないでしょうか。