齋藤薫の馨る女 EX
2019.11.22

スピリチュアルな女は、面倒くさいのか ?【齋藤 薫さん連載 vol.92】

占いをはじめとする、スピリチュアルが当たり前となった昨今、スピリチュアル自体、またそれを好きな人たちとどう付き合っていくべきか、考えたことはありますか?薫さんに今回も教えていただきます。
p128-1

30%程度の軽めのスピリチュアルは、まさしく、引き寄せの美人をつくる?

あなたの周りにも、今や少なくないはずだ。スピリチュアル好きな人。ひょっとしてあなた自身も……。今や、スピリチュアル思考が全くない人の方が少数派となりそうなほどポピュラーになってきているが、それはそもそもなぜなのか。

まず大きな意味で、人は幸せになりたい。女は特に、猛烈に幸せになりたい性。でもだから、自分がイメージする幸せと現実のギャップにのべつまくなし悩んでる。今現在も未来も、なんだか不安。このままでいいのだろうかと言う疑問が常にうごめいている。すべては幸せを求める貪欲さからくるものなのだ。

そして今は、「何をおいてもまず自分」と言う時代である。いや自己中心と言う意味ではない。自分にしか興味がないと言う意味でもない。むしろ自分の内面を深く見つめる形で、自分に集中していく時代。自分を大切にし、幸せにしてあげたいという気持ちの高まりから、自我を高めようという熱い内向性、それは、今の時代の大きな特徴と言うべきだろう。恋愛が簡単にできなくなったのもそのせい。あっという間に人を好きになったりできなくなったのもそのせいだ。

しかしそうした“ある意味の自分至上主義”に反して、より広い視野を持ちたいと言う真逆のべクトルをも併せ持つ人が、スピリチュアルな意識を持つようになるのではないか。さらには、行動力があって感動体質、素直で一生懸命。こうした条件が揃えば、自然にスピリチュアルなものに心惹かれて行くのだろう。

かくして最近は、そんな自覚はないのに、知らないうちにスピリチュアルな心を住まわせている人が少なくない。だからあえて言いたいのだ。それ、正しい!今、それこそが正しい生き方の証であると。なぜなら人として、前向きにひたむきに生きていたら、そうなるのが自然の成り行きだからである。

しかし何でもいちいちスピリチュアルに結びつける“スピ女”は、世間一般では「面倒くさい」と言われがち。確かに、お財布を落とせば何かの教え、見つかれば何かのお告げと言い、異常気象は浄化だと言い、宇宙語が解り出したとか言ってしまう。そこまで深くハマる人は確かに疎まれる。違う世界の生き物と思われる。ただ、時と場合でふんわりとスピる程度なら、むしろ人を引き寄せるはず。じつはこんな法則もあるのだ。

スピリチュアルな人は、穏やかで優しくて、人と争うのが嫌い。楽しいことが好きで、人生に対しても積極的。世の中のために何かしたいと思っている…ズバリ、幸せになる全ての要素が揃っている。さらに言えば、自然界の何らかのものに抱かれるだけで、心まで癒され、逆に自らも周囲の人を癒すことができる。それもひとつの能力であり、人を引き寄せるパワーに他ならないのだ。

そしてもうひとつ、大切なのはここ。スピリチュアルは、霊的、霊感という以前に“精神的であること”を指すが、美しさを追い求めるとついつい物質的で表面的な印象を放ってしまいがちなところ、精神的かつ、魂の在り処を常に意識した生き方をすると、そっくり人間の厚みに見える。何でもスピリチュアルでまとめようとするスピ女は、自分では何も考えない分、むしろ薄っぺらく見えがちだが、スピリチュアルな考え方だけを適材適所で取り入れる人は、逆に奥行きある人に見え、人を強力に惹きつけるのだ。

さらに言えば、目が違う。スピリチュアルな意識を持つ人は、精神的な分だけ遠くを見ている印象。それだけに、澄みきっていて美しい。目の前のものしか見ていない、視野が狭すぎる女の目はやっぱりちょっと濁ってるのに。

多分30%くらいのスピリチュアルが、人を清らかで透き通った印象に見せるのである。だから、ふんわりスピリチュアルは、新しい“美人のモト”。そう言っていいと思う。自然が好き、人が好き、それだけだって、立派な美人のモト。改めて精神性ある美しさ、目指してみたいのだ。

あなたは魂レべルが高いのか? 低いのか? いや、それを意識した途端、幸せになる方法が見えてくる

唐突に聞くけれど、あなたは魂レべルが高い人だろうか?低い人だろうか?何のことやら分からないと言う人もいるのだろう。そもそも魂と言うものを自分の中に感じたことがないと言う人もいるはずだ。そうであるなら余計に、一刻も早く自分の中にある魂を探してみて欲しい。

もちろんスピリチュアルな世界での魂の話は、正直難しぎて、理解ができなかったりするし、さらに前世の話などを 持ってきてしまうとややこしくなるが、もっと単純に「魂とは心の働きをつかさどる精神や気力、才気」さらにシンプルに「肉体に対する、心そのもの」、まずはそう捉えてみて欲しい。

ただし、魂こそ人間の質を決める最大の核、そうも言える訳で、単に「いい人、悪い人」ではない、もっともっと根底にある心の質。それをそろそろ問うてみても良いのではないか。

そこで魂レべルの高い低い、その基準をひもといてみると、思ったより単純で日常的だったりする…前向きか後ろ向きか?人の悪口を言うか言わないか?嫌いな人や、憎んでいる人がいるかどうか?いつも不安や不満を抱えているか否か?お金や物質に執着があるかどうか?

さぁどうだろう?わりにいつも後ろ向きで、人の悪口をよく言っていて、嫌いな人も多いし不平不満も多い…それが魂レべルの低い人の特徴。でも、はっきり言って誰だってそういう傾向を持っている。どれにも当てはまらない人なんて、いるのだろうか。でもできるなら、これらひとつひとつ を、少しずつでいいから正していって欲しい。多分漠然とは正せないことも、魂の高低を考えると自然に正せて行く気がする。そうするうちに気がつくのだろう。魂レべルが高いと、要はとても幸せに生きられるということに。

「魂レべルの高い人は偉いから」ではない、自分がのびのび生き生き、より良い生き方ができるからこそ、魂を高めていくべきなのだ。いつも嬉しそうだったり、邪念があまりなかったり、ネガティブなことを言わなかったり、不思議なほど良い気を発している人って確かにいて、周囲をも明るくしているが、それ以前にやっぱり自分自身が幸せ。本人がその日その日一瞬一瞬を明るく楽しめている、それ以上のことってないからこそ、魂は上に上にと高みにあげよう。

魂レべルの高い人は、加えて人付き合いの仕方が清々しい。相手を敬い、礼儀正しく言葉遣いも良いのが特徴とされる。言霊という言葉があるように、言葉には魂がするする入るから、当たり前の挨拶にまで魂が宿るのだろう。だから完璧に幸せな人生のためには、パートナーに自 分より魂レべルが高い人を選ぶこと。それが人生のテーマといってもいい。

もうひとつ、心穏やかに生きるために知っておくべきは、人間関係の魂計算。魂にまつわる人間分類には、古い魂か新しい魂かで人間を分ける考え方がある。過去に何度も何度も人間をやってきている古い魂は、物分かりよく寛大でおおらか。まだ人間経験の少ない新しい魂は、自分勝手だったり、人とうまく関われなかったり。そこで新しい魂と関わって悩まされても、自分のほうがずっと古い魂なのだから仕方がないと思えば腹も立たない。自分を楽にすることに他ならないのだ。

奇しくも9月に公開された映画「僕のワンダフルジャーニー」は、大好きな飼い主に会うためにこそ何度も何度も生まれ変わると言う意味の物語。これは続編で、前作と言えるものから同じ魂が生き続けている。それは犬を飼っているものにとっては心底救われる映画。もし愛するぺットがこの世を去っても、すぐまた同じ魂に会えると信じられるから。そして生まれ変わるほどに、人の心が読める犬になっていくことにも、いろいろ教えられる。そうやって魂の輪廻転生を信じると、なんだか心が安らぐのだ。

ちょっとだけスピリチュアル、そして当然のように魂の在り処を感じながら生きることができると、心がとても平和になる。そして結果的に、幸せを引き寄せる。「入魂」「精魂込めて」そんな言葉を心に住まわせて、何かにつけて引っ張り出しながら生きていくと、紛れもなく幸せな人生が送れるのだろう。今はまだ魂レべルが低くても。

美容ジャーナリスト/エッセイスト
齋藤薫
女性誌編集者を経て独立。女性誌において多数の連載エッセイを持つ他、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会理事など幅広く活躍。『Yahoo!ニュース「個人」』でコラムを執筆中。新刊『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)他、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)、『The コンプレッ クス 幸せもキレイも欲しい21人の女』(中公文庫)など多数。

『美的』11月号掲載
文/齋藤 薫 イラスト/緒方 環 デザイン/最上真千子

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