齋藤薫の馨る女 EX
2019.1.19

声のもたらす効果について【齋藤 薫さん連載 vol.82】

日々の中で自分の“声”について、意識することはありますか? 自分のものに関しては難しくても、まわりにいる人を思い浮かべると、声がその人の美しさを表している、という経験は誰にも少なからずあることだと思います。今回は、“声”が語る美容について、薫さんにうかがいます。

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女は“よそ行き”の声が出せなくなった。一瞬で質の高い女の印象を生み出せるのに

家でも仕事場でも、電話に出ることがめっきり減った。ましてや、よそ行きの声を使って電話に出るということは全くなくなった。今となってはもう信じられないけれど、携帯電話もなかった頃、ボーイフレンドの家に電話する時、先方の親が電話に出るかもしれないからと、毎度ドキドキしたり、声を整えたり。どっちにしろ“良い娘さん”を装うため、多少なりとも“声色”を変えていたりしたと思う。

事実大袈裟ではなく、電話に出る時は普段の声より1オクターブも高いファルセットの声を出す人がいた。逆に、相手が家族だとわかると、突然1オクターブ声のトーンが下がる。どちらにせよ、かつての女たちはみんな“普段着の声”と“よそ行きの声”を持ち、臨機応変使い分けていたのだ。

でもそれ、実はとても大切なこと。携帯電話の出現が、女たちからよそ行きの声を奪ってしまった。誰からの電話かわからずに、受話器を取る時の1オクターブ高く美しい声は、女にとってとても重要なものなのに。女の第一印象を作るもの……その内訳にはちょっとした誤解がある。いや、以前とは内訳が変わったと言ったほうが正しいのかもしれない。ひと昔前は、ファッションや髪型が第一印象の多くを担った。コンサバな女は心もコンサバ、単純にそう考えれば良かったから。でも、いつの頃からか、破れたジーンズを穿いていても、心はコンサバと言う女性が増えてきた。金髪に染めていても東大卒、という女性も現れた。つまり見た目では、どんな女性か、とても判断しづらい時代なのだ。でもだから、「こんにちは」「はじめまして」というたったひとつの挨拶の方が、むしろファッション以上に正確にその人の印象を語りだす。声の質とトーン。ちょっとした言葉の発し方。本当に一瞬の“音の印象”こそが、人となりをそっくり表してしまうのだ。

もちろん、声色を変えましょう、1オクターブ高い声を出しましょう、なんて言わない。でも多くの人がもっと美しい声をもっと美しく発することができるのに、それを知らないし、やらないのは残念なこと。「もしもし」の一言であっても、よそ行きの美しい音を込められたら、知的で躾の行き届いた印象が生まれるのに、そのレッスンを全くしていないから、とっさに出てこないのだ。

でも言葉遣いはもちろん、声の質とトーン、言葉の発し方は、正直いくらでも変えられる。だって1オクターブも変えられるほどなのだから。それも実は、女にとってはオシャレのうち。「こんにちは」「はじめまして」のたった一言でも、豪華なジュエリーのように自らを誰よりもキラキラ輝かせることができるのに、なぜその一言で一瞬のオシャレをしないのだろう。

ちょっとやってみてほしい。美しく言葉を発する心がけ。そう意識するだけで音は全く違ってくる。そのわずかの意識が、あなたをとても美しく上品な、質の高い女に見せるとしたらどうだろう。ともかく今、家デンが消えて、女性たちの音の発し方がひどく乱暴になった。日本の女は年代まで、「わたし」を「わたくし」と言い、「こんにちは」を「ごきげんよう」と言い、「見て、見て」を「ご覧になって」と言っていたのだ。当時は、女の服のウエストのくびれが一番細かった時代でもあるけれど、女は年代が一番美しかったと言われるのはそのせいなのかもしれない。だから少なくとも、礼儀を必要とするような場面では、挨拶のオシャレをしよう。ほんの一瞬の心がけで、あなたは、紛れもなくひとクラス上の女に見えるのだから。

「お疲れですか?」の一言で、人を酔わせ、幸せにする“武井ママ”は音作りの天才!

魂レべルの高い人と低い人、そういう言い方がある。人間の質を決定づける、最も重要な分類かもしれない。でもそれはどう判断するのだろう。しっかりと向き合ってみなければ魂の高さ低さなど分かるわけがないと思うだろう。でも、実はそれを誰もが一瞬で判断する方法がある。他でもない、話し方である。

美しい声で美しく話す。穏やかな言葉で穏やかに話す。優しい表情で優しく話す。そういう人が、ズバリ魂レべルの高い人。なぜだかわかるだろうか。それだけで相手を幸せにすることができるから。人と人は、コミュニケーションによってただ情報交換しているだけではない。短い時間で相手を幸せにしたり、不幸せにしたりしている。その是非がそのまま人間のレべルを示したとしても少しもおかしくないはずだ。

逆のケースなら、よりわかりやすいのかもしれない。濁った声で、乱暴な言葉遣いで、いつも不平不満を言っている人がそばにいた時、常にそういう音を聞いていると、明らかに心がすさむ。嗅覚が良い香りと悪い香りを嗅ぎ分けて、幸せと不幸せを感じるのと同じ、耳も幸不幸を聞き分けている。耳障りの悪い声と言葉で、人はたちまち不快感を覚え、一時的にでも不幸感を感じてる。言い換えれば、人は誰もが対話という手段によって、心地よい音と不快な音を常に放ち続けていること、忘れてはいけないのだ。そうした音の印象で、周囲の人をちょっと思い浮かべてみて欲しい。いい音を発する人、悪い音を発する人……あなたの周りにもいるはずだ。とても美しく優しい声で、とても穏やかに話す人。おそらくその人と話していると、訳もなく幸せな気持ちになれるはず。ちょうど、美しい音楽を聴いている心持ちになるはずなのだ。

そうそう、例えばだけれど、最近のCMの中で極めて好感度が高いのが、実はあの“ハズキルーペ大好き”の新バージョン。日頃テレビを見る人なら、必ず見たことがあるはずだ。“黒革の手帳”を演じて好評を得た事がきっかけなのだろうが、弱冠24歳の武井咲が、クラブのママを演じ、なぜか、小泉孝太郎がお客となってやってくる設定。そこで、小泉孝太郎がまぶたに手を当てると、武井ママがすかさず言う一言、「目がお疲れですか?」
文字にしてしまうと何でもないけれど、その声の質とトーン、言葉の発し方は、普通の娘のものじゃない。紛もなく銀座の相当な高級クラブのママのもの。もしくは一泊30万以上するような由緒正しき旅館の女将……。いや、行ったことがないから分からないが、ともかく日常では聞けない音なのだ。最高級のおもてなしがそこに入っていて、耳にするだけでふわーっと幸せな気持ちになれる。たった一言、お疲れですか?それが相手をこれほどいい気持ちにさせるって正直今まで知らなかった。

武井咲という女優はただ者ではないと、なんとなく以前から思っていたが、こういう音の作り方ができるのは、やはりある種の天才。これはぜひ一度耳にして、学んでみて欲しい。

とても大切なことを忘れていた。きれいな声できれいな言葉で話そうとすると、顔立ちまできれいに見えると言う不思議な連鎖反応があること。知っていただろうか?美しい声の持ち主は美人に見える。これはもう、疑いようのない事実。でも実際、印象のみならず、美しい声が美しい顔立ちを作るのは、むしろ生物学的な神秘。人間、ひっくりかえっても“怒鳴りながらは笑えない”と言うのも、音と形はどこかの神経でつながっているから。美しい音を出せば、美しい顔になる。これは間違いがないのだ。

美しい声で美しい言葉を話す女は魂レべルが高いだけでなく、美しい。最強の女性美と言えないだろうか。

 

美容ジャーナリスト/エッセイスト
齋藤薫
美容ジャーナリスト/エッセイスト。女性誌編集者を経て独立。女性誌において多数の連載エッセイを持つ他、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人日本ホリスティックビューティ総会理事など幅広く活躍。「Yahoo!ニュース『個人』」でコラムを執筆中。『“一生美人”力人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)他、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)、『The コンプレックス 幸せもキレイも欲しい21人の女』(中公文庫)など多数。

『美的』2月号掲載
文/齋藤 薫 イラスト/緒方 環

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