齋藤薫の馨る女 EX
2018.10.21

“あの人”に教えてもらった上質【齋藤 薫さん連載 vol.79】

あなたのまわりを見渡して、“質”にこだわった仕事や生活をしている人はどれくらいいますか?人間、キャリアを積んで、知識や経験を増やしていけばいくほど、それまでのやり方や功績にしがみつきたくなるもの。そうせずにいられるには、どのような心持ちで毎日を過ごせばよいのでしょうか。

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安室奈美恵とマドンナ、2人のディーバは、生き方の上で真逆の価値観を持っていた

もちろん、“やめること”自体が正しいのでは全くない。むしろ、多くの場合、続けることの方が尊い。でも、いよいよ引退が現実のものになって、しみじみ思わされるのは、この人のやめ方は、やっぱり歴史に残るくらいスゴイということ。だから、やめることの尊さ難しさを改めて考えてみたくなったのだ。

安室奈美恵の引退、その理由は、発表時は何となく理解できたものの、実際の引退を迎えて、またよく分からなくなった。一体なぜやめてしまうの?安室ちゃんも人の子。正直、限界説も無いではなかった。ただ、声がちょっと出にくくなったとか、ダンスのキレが悪くなったとか、仮にそういう理由であったら、もっと言い方が違ったはず。引退を「長年心に思い、この25周年という節目の年に決意したこと」と書き、ずいぶん前から考えていたことと吐露したが、もし限界だったらそうは書かなかったはずなのだ。だいたいが、ファイナルツアーでも、衰えなんて全く感じさせなかったというし、逆に20歳の時と同じパフォーマンスを私たちだって望んでいない。だからなぜ?という思いが未だ処理できないのだ。

奇しくも今年マドンナが60歳還暦を迎えて、バリバリ現役の自分をこうツイートした。「私は生き残った」。比較する相手ではないのかもしれないが、真逆の生き方。生きる目的が違いすぎ。マドンナは常に“頂上にいたい女”なのである。これに対して安室奈美恵は、常に“上質でいたい女”だったのだ。

“頂上にいたい女”は、時には人と競い合い、たとえ人を蹴落としてもどんどん上に這はい上がり、自らをどんどん改造し、これでもかと新しい自分を見せていく。でも、“上質でいたい女”は、品質を一切落とさず、自分という質も曲げず、人間として最上質でいたいという思いが強いはず。もっと言えば、質を落とした自分を世の中に提供してはいけないと言う責任感のようなものも強いはずなのだ。そこを妥協できないからの引退? さらに言えば、“頂上にいたい女”は、自分を1番にしておくためにこそ妥協しない。だからマドンナは今、女性差別から人種、LGBTまで「自分はあらゆる差別と戦う命を受けた人間」とまで言い切って差別問題に取り組んでいる。そこでも頂上にいる自分を主張するのだ。これが、“上質でいたい女”なら、仕事を辞めてから、本格的なボランティアを始めようと思うのかもしれない。

ちなみにオードリー・ヘプバーンは仕事を極端に減らして、慈善運動に没頭した。まさしく“上質系”の行動だ。“頂上にいたい女”は、人にスゴイスゴイと言われていたいが、“上質でいたい女”は、人を喜ばせたい、人をがっかりさせたくない人たちなのだ。そう、だから安室奈美恵は、早くから引退を考えていた。きっといつか、みんなの期待に応えられない日がくるかもしれないからと。

でも、1つ誤算があった。自分の引退を、皆がこんなにも悲しむとは思っていなかったはずなのだ。自分を過小評価しがちで、いささか自信がないのが、“上質でいたい女”の特徴である。逆に、“頂上にいたい女”はいくら批判をされたとしても、それをかわして前に進み、上に行く強さを持っている。批判をバネにできるエネルギーと自信を持っている。自信がありすぎるほど。そこも真逆だ。

もちろんどちらが良いとは言わない。あくまでこれは価値観の違いなのだから。頂上か、上質か。2人のディーバの真逆の生き方は、もちろんどちらもスゴイ。ただ女性たちの異常ともいえる圧倒的な支持が安室奈美恵に集まるのは、頂上にいながら自らその地位を捨てる勇気。その無欲に対してなのだと思う。頂上に居続ける勇気より、やっぱり人の心を打つ、それだけは間違いないのである。

安室奈美恵の引退が教えてくれたとても大切なテーマは、何故かみんなが忘れていること

女性として、また若くして、異例の出世を果たしたのに、誰もが羨むその地位をあっけなく捨てて会社を辞めてしまった女性がいる。起業や引き抜きではない。ただの退職。皆口を揃えて、もったいないと言った。そんなのありえない、理解できないと。理由を聞くと、意外な答えが返ってきた。「企画を立てるのにも、最近なんだか発想が鈍ってきたから」……仮に、自分のアイデアが枯渇したとしても何とでもなる立場。ところがその人は、自らの中でスキルが鈍ったからと、会社を辞めると言う。ひとまず充電。もう一度勉強し直すとも言った。この人もまた、安室奈美恵と同じ“上質でいたい女”なのだ。自分の中の質の低下が許せない。だからキャリアを一度停止させてまで出直す、そこまでの勇気を持っているスゴイ人……だったのだ。やっぱり人間、この人たちのように上質を目指さないといけない。今、強く強くそう思う。日本人は今まさに、一人一人が人としての質を問われているのだから。

今も昔も、責任をとらず、なり振り構わず権力にしがみつこうとするオジサンが多い世の中、女性たちの潔さがとても眩しく映るように、そもそもキャリアを積む上で、人には明らかに2種類いる。キャリアを積むほどに傲慢になり、どんどん怖く、どんどん偉くなっていってしまう人と、キャリアを積むほどに、人格が磨かれ、むしろ謙虚になっていく人が。これがクリエイティブな仕事だと、どんどん自信過剰になっていく人と、逆に経験を積むほどに自分を過小評価し、もっと上手くなろうと思う人がいるということ。この後者こそ、“上質でありたいタイプ”。今の恵まれた環境を捨てても、自分を磨き直す人たちだ。

そういえばジャニーズ系列男子にも時々現れる。“海外に行って勉強し直す”的な決断をする人が。もちろん彼らの場合は、グループでの自分の立ち位置が解らなくなったり、アイドルの未来が見えない、といった迷いを留学に託すだけなのかもしれないが「勉強し直す」という選択は、長い人生1回はあって良いのではないかと思う。もちろん何をやっても続かない人には多分無駄だけれど、1つのことをきっちりやってきた人は、一度勉強という“振り出し”に戻っていいと思うのだ。大人になって勉強し直すと、自分が上質かどうかがハッキリするし。

そこでいつも思い出すのは、元人気女子アナの菊間千乃さん。34歳で退職して勉強、3年目に司法試験に合格、今は弁護士になって、コメンテーターとしても活躍してる。未だ若さが売りになってしまう女子アナの世界では、見事な転身として語り継がれているが、ここまでうまくいかなくても、出直すことで、1個目とは全く違う2回目の人生を自ら始める生き方は何ともかっこいい。よく考えたら、22〜23歳で人生決める方が無謀。一旦社会に出て色々体験してから、本当に自分がするべきことを見つける、それが理想的なのではないか。幸い、また一気に寿命が伸びそうな気配。ゆとりで人生2回やれる時代、一個じゃ逆にもったいない。ひょっとすると安室奈美恵もより上質な人生に向け、何かを始めるのかも。それでこそ、上質な生き方だ。

今の自分にモヤモヤしているなら、次の生き方を探せばいい。でも1つだけ忘れてはいけないのが、2回目はより上質の自分を、より上質な人間を目指すこと。みんな上質な暮らしは求めても、上質な自分は求めない。人はそのとても大切なテーマを忘れがち。決して忘れてはいけない。上質な自分になる…安室奈美恵の引退が教えてくれた尊いテーマである。

 

美容ジャーナリスト/エッセイスト
齋藤薫
女性誌編集者を経て独立。女性誌において多数の連載エッセイを持つ他、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会理事など幅広く活躍。『Yahoo!ニュース「個人」』でコラムを執筆中。新刊『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)他、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)、『The コンプレッ クス 幸せもキレイも欲しい21人の女』(中公文庫)など多数。

『美的』11月号掲載
文/齋藤 薫 イラスト/緒方 環

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