【special interview 福岡伸一 × 村瀬大樹】加齢とは老化でなく成長。肌における「動的平衡」という考え方|美的GRAND
年齢を重ねることを受け入れ、今の自分の美しさを磨く私たちの“経年美化Beauty“。その姿勢に力を与え未来を照らすのは、命と美容のスペシャリスト。
去る大阪・関西万博で「いのち動的平衡館」プロデューサーを務めた福岡伸一先生と、その思想に魅せられたひとりの研究者へのスペシャルインタビューが実現。年齢を重ねることは老化なのか成長なのか。全グラン世代に知ってほしい考え方が語られました。
花王 スキンケア研究所 上席主任研究員・ グループリーダー、博士(農学)
村瀬大樹さん
1978年、兵庫県生まれ。名古屋大学卒および同大学院博士課程(前期)修了。2002年に花王へ入社し、米国駐在や博士号取得などを経て、現在は花王だけでなくカネボウ化粧品ブランドの研究も担当。
体の細胞は日々壊され新しく生まれ変わりバランスを保っている
きっかけは、カネボウ化粧品のブランドを含む化粧品ブランドのスキンケア研究員・村瀬大樹さんの研究発表を、美的グラン編集部が取材したこと。そこで語られた、村瀬さんが研究の礎にしているという生物学者・福岡伸一先生の「動的平衡」という生命観に美的グランも感銘を受け、このインタビューが実現しました。
――今日はこのような時間をありがとうございます。美的グランは「経年美化」をキーワードに、人が年を重ねてより美しくなることを応援する媒体です。福岡先生の「生命の体は常に動的な状態にあり、生涯生まれ変わりを繰り返す」というお話が、経年美化の力強い裏づけになると感じています。
福岡先生(以下敬称略) 経年美化、いい言葉ですね。
――村瀬さんは20年以上、肌の研究を重ねておられるんですね。
村瀬さん(以下敬称略) 生命の視点から肌を科学し、高い価値を備えたスキンケア製品を開発すべく、視野を広くさまざまなジャンルの研究に取り組もうと意識しています。仕事を始めて数年後に出合った先生の「動的平衡」という言葉は、私の研究における価値観を大きく変えました。
福岡 「動的平衡」とは、命あるものが絶え間なく自らを壊しながら作り直すことでバランスを保っていることを指します。
――体の中で古くなった細胞が排除され、また新しい細胞が生まれる、ということでしょうか。
福岡 古くなったから入れ替わるのではなく、日々どんどん壊されて新しく入れ替わることの繰り返しです。体を構成している細胞やたんぱく質は、常に入れ替わっています。人は昨日と今日でも変化しているし、1年経てば別人といっても過言ではない程、ほとんど入れ替わっています。よく久しぶりの人に会うと「お変わりありませんね」と言いますよね。でも、見た目には同じ人に見えても、実際には変わりまくっているんです。動的平衡とは、わかりやすく言うとこういうことです。

「お変わりありませんね」いいえ、人は1年も経てばお変わりまくっているんです。(福岡先生)

肌における「動的平衡」――表皮は28〜42日程度で入れ替わっている
表皮細胞は基底膜で生まれ、成長・成熟し、やがて角質細胞として生命を終えます。これがターンオーバーで、肌の細胞は28〜42日程度で入れ替わっています。その源は、細胞が変わり続け、常に自らを新しく保とうとする力。肌における動的平衡の仕組みです。
DNAの設計図が明らかになっても、生命のことはわからなかった
村瀬 私が研究員になった2000年初頭は、人の全DNAの解析がほぼ完了し、それを起点に創薬などの研究へ応用していこうという時代でした。ただし、人は生物ですから設計図通りになるわけではない。体や肌本来の機能を阻害するように働く薬剤や美容成分も必要なものではありますが、本質的に肌が健やかであり続けることの後押しになるような研究をしたい、とも感じました。
福岡 私が動的平衡という生命観にたどり着いたのも、そこがきっかけです。私は生物学者であり、1980年ごろ、生命の現象を構成要素から解き明かそうとする分子生物学の道に進みました。時を同じくして世界的にも研究が進み、DNAの網羅的解析によって体の設計図が明らかになったわけです。そこで気づいたのが、生命の現象に関わるミクロの要素が全てわかっても、生命のことはなにひとつわからない。ということです。

生きている人、その肌が健やかであり続けることの後押しとなる研究をしたい。(村瀬さん)
――建築物や精密機器などは設計図から構造や特性を割り出すことができますが、生命においては、それができないと。
福岡 なぜかというと、ミクロの研究は、動きを止めないとできないからです。細胞が止まった状態で見るので、動的なことはわかりにくくなります。ミクロの研究により近代科学は進んできましたが、それによって見失いがちになっている生命のダイナミズムがあることを、私は自分の研究人生を通して気がついたのです。
村瀬 動的平衡が偏った状態を良い状態に戻す。それが健康を維持することであり、肌にも同じことが言えると思います。
加齢とは、成長と成熟、破壊と新たな誕生の繰り返し
――老化は劣化などとマイナスに捉えがちですが、何歳になっても肌は新しく生まれ変わっていると認識すると、見え方が変わります。
村瀬 加齢は間違いなく劣化ではありません。何十年も健やかでいられるのは本当に生命のすごいところで、成長と成熟を絶え間なく繰り返しているというのが、本来の言い方だと思います。
表皮細胞の変化のメカニズム

「動的平衡」の要である、細胞の生まれ変わり。変わり続けるために必要なのは、力となるエネルギーを生み出すことと、新しさを保つために壊すことです。細胞内のミトコンドリアによるエネルギー産生と、オートファジーという細胞のリサイクルシステムによる破壊と再生。このふたつの働きで生まれるATP(エネルギー)やアミノ酸を使って、次に必要なタンパク質や細胞小器官が合成され、新しい細胞が生まれていきます。これらの機能こそが、表皮のターンオーバーの源といえます。
加齢により生まれ変わろうとする力は低下

ミトコンドリアのエネルギー産生機能に加えて、研究により、細胞のオートファジー機能は、加齢につれ少しずつ低下していくことを確認。この現象が表皮細胞、ひいては表皮の生まれ変わり(ターンオーバー)に影響を与えていると考えられます。
人生後半の下り坂であっても、細胞は常に入れ替わりを繰り返し成長を続けている。経年美化の可能性は、誰にでもある!
形あるものは劣化する。それに抗う力を備えているのは生物だけ
福岡 宇宙には“エントロピー増大の法則”という大原則があります。秩序あるものは、やがて無秩序になる方向にしか動かないという法則です。しかし生物だけはこの法則に抗って、自らを率先して分解し、同時に作り直すことによって、なんとか秩序を維持しようとしています。
――すみません、少し具体的に教えてください。
福岡 たとえば先ほど話に上がった建築物、どんなに立派なマンションでも何十年か経てば大規模修繕が必要になりますよね。形あるものは劣化し、形ない方へ行く。これがエントロピー増大の法則です。体も本来は同じで、細胞膜は活性酸素で酸化されようとしているし、細胞の中にはタンパク質が変性して溜まります。放っておいたら悪くなる一方だから、絶えず自らを率先して壊しながら、作り替えていく。これが生命のもっとも重要な本質、動的平衡です。フランスの哲学者であったアンリ・ベルクソンの言葉を借りると「人には“下り坂を登ろうとする力”が備わっている」のです。
村瀬 年齢を重ねる毎日は、老化ではなく成長であると、私たちは考えており、肌本来の登ろうとする力をスキンケアでサポートするさまざまな研究を行っています。

時がたつと無生物は劣化するが生命体には、坂を登ろうとする力が存在します(福岡先生)
老化ではなく成長。それをサポートするのがスキンケアの役割
福岡 新しい細胞を作ることばかり重要視されがちですが、壊すことも大事。そのサイクルがうまく回っていくことが必要ですね。21世紀になってわかってきたのは、人の体には壊す仕組みの方がたくさんあること。タンパク質を分解するプロテアソーム、細胞のリサイクルシステム・オートファジー、細胞の自然死・アポトーシス…。肌に何か塗ればツヤツヤになると思われがちですが、壊す方をサポートすることが大事。
村瀬 雑誌を拝読しましたが、内面も外見も変化していく自分を受け入れて磨いていく〝経年美化〟とは、動的平衡に通じる、本質的な考え方だなと思いました。
福岡 エントロピー増大の法則に従うと、経年劣化していく。生物はそれに積極的に抗って、経年美化すべく努力している。そのあり方こそが美しいと思います。
――力強いお言葉をありがとうございます。下り坂を登ろうとする生命の本質をスキンケアの力でサポートする、“経年美化Beauty”の目指す道が改めてくっきりとしました。

年を重ねた人だけがもつ美しさ。それを応援するのが化粧品の役割だと思っています(村瀬さん)
変わらないために変わり続ける。それこそが動的平衡であり経年美化であるとも言えます(福岡先生)
村瀬さんらが手がける「動的平衡」に着目した研究成果
表皮のエネルギー代謝促進
細胞中のカルニチン量を飛躍的に増加させることで、表皮のターンオーバーを高めるエキスによるアプローチ。12日間のヒト肌連用試験により、皮膚の黄ぐすみが改善し、ターンオーバーが促進したことが示唆されました。
オートファジー活性促進
細胞へのエキス添加により、オートファジー活性を示すシグナルの増加を確認。角化の最終段階に関わる角化関連因子の増加も確認しています。
表皮細胞の増殖促進化
ラミニンVの産生促進
基底膜強化
「動的平衡」という生命観が経年美化Beautyに与えてくれた示唆
- 何歳になっても肌は日々新しく生まれ変わっていて、劣化はしていない
- 無生物はやがて劣化するが、生物には下り坂を登ろうとする力が備わっている
- 下り坂を登ろうとする肌の力を応援するのが経年美化Beauty
※価格表記に関して:2021年3月31日までの公開記事で特に表記がないものについては税抜き価格、2021年4月1日以降公開の記事は税込み価格です。
1959年、東京都生まれ。京都大学卒および同大学院博士課程修了。現在は青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員教授。87万部を超えるベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)など著書多数。