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2021.3.26

作家・川上未映子さんが書き下ろすSTORY【『美的』創刊20周年記念】

エリカの胸の高鳴りは

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少女だった頃、わたしって、どんな大人になりたかったんだったっけ。

最近、エリカはよくそんなことを考える。27歳。まだ若いよね、という気持ちと、いつまでもそんな気持ちではいられないという思いが混ざりあって、ここのところ少し不安定なのだ。何もかもが順調ですべてに感謝したくなるような日があったり、少しのことで落ち込んで、自分を責めてしまったり。そういう年頃なのかな、と思うようにはしているけれど、色んな人が言うように、人生ってやっぱり難しい。

そして、その難しさは、当然のことながら複雑だ。

たとえば、キレイになりたい、とか、もっと可愛いくなりたいとか、ほとんどの人が抱くこの感情ひとつを取っても、そう。そういう願いや努力はそもそも明るくて良いものなはずなのに、この数年、エリカにとってその色合いのようなものがすっかり変わってしまっているような気がする。誰かに追われているというか、迫られているというか。キレイになること、キレイでいることが、いったい誰のための、何のためなのかが、本当は少し、わからなくなっているのだ。でも、SNSでもリアルでも、周りの友達は新しいコスメやメイクの方法をアップしつづけて、エリカに立ち止まることを許さない。一見きらきら輝いてみえるもののほとんどが、人工の薄い膜をまとっていることくらいエリカも知っているけれど、でも惹かれてしまうこの気持ち。それでもいいんだという諦めにも似た、あこがれ。それらにあいまいに引き裂かれつづけているような、エリカはもうずっと、そんな状態だ。

少女だった頃、思い浮かべていた理想の女性──今思うと少しおかしいけれど、エリカにとってそれは、漠然とした絵として再生される。大きな目に濃くて長いまつ毛、鼻は筋がすっと通って小さく、肌がキレイで、艶のあるふわりとした髪で。もちろん体には無駄な肉はなく、すらりとしていて、フィクションならではの八頭身。短くない時間を生きてきて、あらためてその絵を見つめてみれば、微笑ましさを覚えるくらいだ。そして大人になってメイクを覚えた今は、そこに鮮やかな色や陰影や質感が描きこまれて、絵のなかの女の人はさらに美しくなっている。でも、何かが欠けているような気がする。物足りないといってもいいような、何かが。

そうだ、とエリカは気がつく。これまでのわたしは、たとえばこの美しい女の人が「どういう人なのか」ということを考えてこなかったのだ、と。

何が好きで、どんなことに傷つき、何が許せなくて、そして何を大切にしているのか。外見だってその人を成す大切な一部ではあるけれど、わたしはその奥にあるものを知りたくなっているんだ──エリカはそう思った。

つまり、自分というものの目には見えない部分を、誰かに知ってほしかったのかもしれない。そしてわたしも、誰かのそれを、知りたかったのかもしれない。そういう大人になる時期が、自分にもやってきたのかもしれない。目に映る部分が映らない部分をゆらし、逆からもまた響きあうような。そんなふうな人になり、そんなふうに、人を知ること。エリカはそう言葉にしてはじめて、自分の変化に気がついた。

それは少し勇気のいることだけれど、素敵なことかもしれない──エリカの胸はこれまで彼女が知らなかった音を鳴らしている。

私にとって『美的』とは…

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作家

川上未映子さん

『美的』2021年5月号掲載
撮影/当瀬真衣(TRIVAL/人物) スタイリスト/大島有華 協力/木土さや 構成/小内衣子(PRIMADONNA)

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