ゲスト・吉本ばななさん|作家LiLyの対談連載「生きるセンス」第6話「社会ではないこの世 ~対談後記~ 」
「年齢を重ねるということはどういうこと?」。楽しいことばかりではないし、かといってつらいことばかりでもない。人生の先輩に訊いてみました。「 私たちに生きるヒントを授けてください」と。40代からの人生が輝く"読むサプリ"。 2人目のゲストは、作家の吉本ばななさんです。 【作家LiLy対談連載「生きるセンス」第2回ゲスト・吉本ばななさん 】
実は、ばななさんとの対談をまとめるこの原稿を書くにあたって最も苦悩した点が一つある。それは、娘の不登校のこと。私はこれまで文章の中ではもちろん、公の場では絶対に口にしてこなかった。それは彼女のプライベートなことであり、子供たちのプライバシーを守ることこそが物書きとして私が最も気をつけていることだから。
だけど今回、ばななさんの小説がまたもや私の人生のターニングポイントとして何故そこまで染みたのか、私自身の葛藤の詳細を書かずにはやはりこの原稿はどこかが浅く……。私は深く悩んでしまった。
(映画『ゴーンガール』では、ヒロインが狂ってしまった理由がたったの一言で、だけど全世界が納得するものとしてサラッと説明されている。その理由、両親が物書きで、生まれた時からプライベートを世界中に暴かれながら育ったから。
この映画は、それこそ世界を震撼させたホラーの大ヒット作だけど、物書きの私にとってはその一言が最も怖かった。私の仕事に家族を巻き込みたくないという恐怖に近い感情から、エッセイというジャンルそのものから私をその後5年ほど遠ざけたほどに)。
「(ママのその心配は)わかるけど、
不登校については書いたほうがいいと思う」
今回、私の背中を
押してくれたのは娘だった。
「学校に行けなくて辛い思いをしてる子供はもちろん、
悩んでる親たちもたくさんいると思うから
少しでも助けになるのなら絶対に書いたほうがいい」
10歳の娘は、ハッキリとそう言った。
数年前から、「自分が苦しんだ経験をイラストと文章にまとめて同じような悩みを持つ子供たちに寄り添いたい。自分みたいな年下の子供たちの希望になれるように、まずは自分の問題を頑張って解決したい」と話していた彼女なので意外ではなかったけど、そこにはきちんと彼女の強い意思があることを再確認して驚いた。
どうして他の子たちが
普通にやっていることを
自分はできないんだろう。
自分はダメな子なんじゃないか。
まだ10歳にも満たない年齢だった頃に、
どんどん落ち込んでいく娘の姿を見てきた。
そんなことはない。
そんなわけがない。
多くの人とは異なるところにこそ才能は宿るもの。自分以外の人が怒られていても自分ごととして傷ついてしまうなんて、優しさ以外のなんでもないじゃないか、と励まし続けた。
もちろん、最初から私もそうやって対応できたわけではない。学校のカウンセリングなどを通して彼女がハイリーセンシティブ(HSP)であるという原因がわかるまでは、突然学校に行けなくなった(ように外側からは見えた)理由がわからずに親としても困惑した。
休む期間があけばあくほど行きづらくなるから、と彼女を説得し、それでも泣いて嫌がる彼女を無理やり引っ張って学校に連れて行こうとしたこともある。(それは全くもって逆効果で、それが原因で不登校が長引いてしまった。とても反省している)。
小学1年生の2学期から。
行きたい気持ちはあるのに、学校に行こうとすると家の玄関で足がすくんでしまう。校門を通るだけでも勇気が必要で、一緒にした何回もの深呼吸。そして、彼女が流した数えきれないほどの涙。何度一緒にUターンして帰宅したかわからない。
彼女は、ずっともがいていた。悩んでいた。ずっと近くで見てきた。影で私も何度も泣いた。彼女のパパも、兄も、一緒に悩んで彼女を支え続けた。
学校に行けなくなって1年も経つ頃には、もう無理はしないと決めた。毎日一緒に明るく楽しく過ごすことにした。私がカフェで仕事をする隣の席で彼女は漢字ドリルをやったり、パパが仕事をしている部屋で彼女は絵を描いたり(大変だったけど楽しくもあった)。
それでも、もちろん彼女自身の悩みがなくなるわけではない。みんなは行けているのに自分は行けない、という事実から自己肯定感が下がっていってしまう。
「あなたは素晴らしい。最高。大丈夫。一緒に方法を考えよう」
親がどんなにそう声をかけても、その小さな胸が罪悪感のようなもので押しつぶされそうになっていってしまう。学校に行っていないのに元気に街を歩いていたら同級生たちにズル休みだと思われないか、という不安から家から出たがらなくなってしまった時期もあった。
親としても心配と不安とで胃に穴があきそうなくらいだった。が、そんな姿を見せることこそが彼女を責めることにつながるので、ある時からは振り切って、明るく元気にドンと構えることにした。(育児とは本当に修行である)。
―――そこから4年。現在小学5年生。
カウンセリングや保健室通学を駆使して、彼女なりに工夫をしながら毎日学校には行けている。なにより、大好きなお友達との学校時間を少しであっても楽しんでいる。サポートしてくださる先生たちやお友達の優しさにもたくさん助けていただきながら。
そして娘もまた、昔の自分と同じように校門の前で泣いてしまう低学年の子供たちのお世話を率先してやっている。そうしてできた年下の小さなお友達から「大好きです。ありがとう」のお手紙をもらって帰ってくる娘は、一度は低くなってしまっていた自己肯定感が回復した“とてもいい顔”をしている。
困っている誰かに、大切ななにかをあげて。
そしたら、また大切ななにかをいただいて。
助け合うこと。苦手と向き合うこと。自分なりの方法を見つけて自分で乗り越えること。たくさん学んで成長し、今この原稿を書いている週末にはなんと、一泊の学校行事にも参加中。
「無理に行かなくってもいいんだよ。“私は無理”を貫くことだってカッコ良さだとママは思う」とは伝えておいた。
現に、そういうお友達もいて。学年でただ一人、学芸会への不参加を決めて、それでも学校にきて他の子たちが劇をやっている間、廊下で暇を潰していた彼と私は学校でバッタリ会った。
「自分で決めてたった一人でも貫くってかっこいいよ。気まずさに打ち勝ってそれでも学校にきてるところも、君はカリスマだね!」って心から思って彼にもそう告げた。
彼は今回の合宿にも不参加を決めたとのことで、それはそれで彼らしくていいねッ!って娘とも息子とも話していたくらい。――――だから、娘は今回、自分の意思で出かけていった。
お友達と一緒に過ごしたい気持ちが、不安と緊張に打ち勝った。……ッ。不登校に悩んでいた四年前とはまた違う種類の熱い涙が、今、私のこの目に込み上げてくる。
今頃、疲れていないかな。大丈夫かな。彼女が出発した瞬間から、心配なら毎秒しているけれど。
「とにかく、子供たちにもし何かあったら、と思うことだけが今の私にとっての唯一にして最大の恐怖で。ニュースなどを観ていても、この恐ろしい世界の中に宝を産み落としてしまった、という実感が何よりも怖くて」
対談中、ばななさんに伝えると、
「それはもう。おっしゃる通りでございます」
同じ温度の声が返ってきた。作家であることなど比べものにもならない私たちの共通点。愛する子を持つ母であること。
自分の命よりも
大事な存在がいる
幸せと恐怖。
「若い頃はそれこそクラブで遊んだりしながら、当時はみんなメチャクチャでしたし、私も(生きることに対する)執着みたいなものはなかったんですけど、うっかり親になってしまったからには、もう絶対に死ねないな、と」
過去を振り返り、その大きな変化について話すばななさんに私も同意する。
「はい。親になったことで、もはや自分の命ではなくなるような感覚があります。子供たちにとって必要な存在だから、絶対に死ねないって私もいつも思います」
「ただ、私の場合はもうその時間も終わりに差し掛かっているので。息子も大学生になって、もうすぐ家を出るでしょうし。覚悟はしていますけど、その後、私、どうなっちゃうのかなぁって不安です」
「実はとてもタイムリーに、早くに子供を産んだ同年代の友達がまさにその時期を迎えていて。恋愛で経験した“病み”なんか比にならないレベルで、直後はあまりの寂しさに“病んじゃう”と言っていて」
「そうですよ。比にならないですよ」
「考えてみれば、そりゃあそうですよね。赤ちゃんだったところから、子供を育てるために使ってきたエネルギーは恋人に対するそれの比ではないわけで。日常スケジュールの変更はもちろん、自分の心も含めて人生のなかの巨大なスペースを彼らのために使って約20年間生きてきて、それにようやく慣れたところで、彼らが自立していなくなっちゃったら、同じくらい巨大な穴が突然ポカン!とあくわけで。喪失感はきっと想像以上に凄まじい……。
でも、まだ育児の渦中にいる私は、彼らの自立後にまた20年ぶりに手に入る自由もとても楽しみではあるのですが。海外に引っ越そうかな、とか。また恋愛を謳歌しちゃおうかな、とか(笑)ばななさんは、どう暮らしていく予定ですか?」
「私は、動物と暮らしていくでしょうね。年齢から考えると(ペットの)天寿まで見るとして、あと2匹しか……。ただ、お金があれば、手伝ってくれるサービスがあるのでギリギリまで動物を飼えるらしいんです」
バイトをすれば最低限は生きていける、という下町精神を持つばななさんが「お金があればできること・したいこと」として挙げたのは動物と暮らすことだった。それこそがばななさんが最も愛する時間なのかもしれない、と感じたら大先輩だというのに胸がキュンとしてしまった。
それこそ、娘が不登校になったばかりの頃に迎え入れた愛犬が我が家にもいる。犬を飼うことは、幼い頃から「人より動物と通じ合えるの」と言っていた彼女の物心ついた頃からの夢だった。私の中にはない感覚だったから、人はそもそも自分の世界を持って生まれてくるのだと改めて不思議に感じた出来事だった。
「動物、ほんとうにお好きなんですね」
「はい。人間は嫌いです」
「人間、お嫌いですか」
「はい」
「私は、人間は興味深さ含めて大好きで」
「きっと、すり抜ける術を知っているからでしょうね」
「ああ、そうですね。
他人に自分の邪魔をさせない自信があるから、
ドライな距離を大前提とした“好き”なんでしょうね」
「もちろん、好きな人間もいますよ。でも基本的には嫌いです」
「私も苦手な人間はいます。すり抜ける術は大事ですよね」
「この人は嫌な感じがする、と思ったら逃げる! 」
「仕事などで完全には逃げられない場合であっても、
関わるのは必要最低限だけ、と決めてしまうとか。
逃げる術は、サバイバルに必須ですね」
――――いっぱいもがいて、悩んで、だけどなんとかサバイバルして一生懸命に生きて、だけど最後はみんな死ぬ。
私はまだ「死」に不慣れで、ここから先の人生で、両親を含めた愛する人の死を経験していくことになる怖さがある。
人生の大先輩であるばななさんは、「向こう側の人数が増えてきたなぁ。これなら私がいく時に寂しくないなぁ」と思うようにしていることを教えてくださった。
そして、社会に沿う必要はないけれど、「社会に揉まれなきゃダメだ」とも。人としてはもちろん、作家としても社会に揉まれて現実を知って時代を見ていないと面白いものは書けないから、と。
いっぱいもがいて、悩んで、
社会に揉まれてしんどくて、
正解が分からなくなって
自分の軸さえ揺れちゃったりして。
だけど
“その過程すべてに意味はあるんだよ”と
言ってもらえたようで、私はとても救われた。
「会社とか学校とかではない“この世”があったんだ…
当たり前のことをほこっと思い出させてくれて…
そういうところに私はいたい。
だから、ばななさんのそばにいよう!
ゆりも、ばななさんの近くにいてね。おやすみなさい」
四月のある夜。
ばななさんの小説『ミトンとふびん』を
母と私は奇しくも同じ日に読んでいて、
読み終わった母からこのLINEが届いた。
この対談を終えた五月のある夜。
私はばななさんの大学生の息子さんと
渋谷で待ち合せをしていた。
ばななさん自身が出入りしていた時代のクラブがあまりにも危険だったから、クラブ通いを始めた息子さんのことが心配で、「リリちゃん、もしよかったら連れてってあげて」とお願いされたのだ。
息子さんとの6年ぶりの再会に胸を高鳴らせていると、過去の少年の記憶のままでは通り過ぎていただろう、185センチ越えのイケメンが目の前にあらわれたのでビックリした! 私はラムコーク、彼はバナナジュースで乾杯した。「そのジュースにしたのはお母さんへのリスペクト?」とからかうと、息子さんは「いえいえ」と笑っていた。仲間たちみんなでライブも観て、とても楽しい夜だった。
「ばななさんの(小説の)近くにいてね」という私の母の声と、「リリちゃん(息子を案内してくれて)ありがとう」というばななさんの母としての声が、それぞれのLINE画面を飛び越えて私の中でクロスする。
ご縁とは、
とてつもなく不思議なもの。
偶然にも思えるそのような「点」が
必然となって「線」になり、
自分自身が把握できる領域さえ超えたところまで
果てしなく広がってゆく「神秘」の美しさこそが
「生きる醍醐味」であるということを改めて実感する。
そして、これこそ他でもない、自分自身の泥だらけの経験に吉本ばななさんの透き通るような小説をくぐらせることで確信できた「この世の真実」なのだ。
母の言葉を借りるなら、
学校とか会社とかではない、この世。
社会には揉まれながらも自分軸を置く場所。
―――――そういうところに、私もいたい。
P.S. 個人的な葛藤もあってやっとこの最終話を書き終えた今日は七月で、なんとばななさんの58歳のお誕生日。私はちょうど、リフォーム真っ只中のキッチンにいて、ばななさんにお祝いLINEを送っていた。
学費捻出のための経費削減で事務所を手放して以来、自宅での私の執筆場所と化したのは冷蔵庫の真隣においた小さなデスク。真っ赤から淡い水色へとカラーチェンジしたキッチンが可愛く完成したら、私も母のようにばななさんの小説『キッチン』を飾ろうと思う。
ばなな様へ
この世界にうまれてきてくださって、
世界中にいる私たち読者を物語でたすけてくださって、
ほんとうにありがとうございます。ハッピーバースディ。
(了)
吉本ばなな:‘64年生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。1987年『キッチン』で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30カ国以上で翻訳出版され、国内のみならず、海外の文学賞も多数受賞。近著に『ミトンとふびん』『私と街たち(ほぼ自伝)』など。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。noteはこちら。
LiLy:作家。’81年生まれ。神奈川県出身。N.Y.とフロリダでの海外生活を経て上智大学卒。25歳でデビューして以来、女性心理と時代を鋭く描き出す作風に定評がある。小説、エッセイなど著作多数。instagram @lilylilylilycom noteはこちら。
文/LiLy 撮影/須藤敬一 ヘア&メイク/YOSHIKO(SHIMA)(吉本さん)、伊藤有香(LiLyさん) 構成/三井三奈子(本誌)
※価格表記に関して:2021年3月31日までの公開記事で特に表記がないものについては税抜き価格、2021年4月1日以降公開の記事は税込み価格です。