齋藤薫の馨る女 EX
2018.8.26

人間力を磨くには“言葉”を磨こう!【齋藤 薫さん連載 vol.77】

相手を惹きつける、惹きつけて離さないために必要なのは、容姿ではなく“言葉”。見た目はいつか見飽きてしまうけれど、言葉を持つ人から湧いてくる魅力ある言葉は無限で、人を飽きさせません。どうしたら引力のある言葉を持てるのか、日々の過ごし方を見直してみませんか?

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弱冠20歳の学生に、教えられた。
清らかな端正な言葉は、人の心を浄化し、激しく動かす

近頃また、言葉の重みをしみじみ感じている。「あなたは言葉でできている」(ひきたよしあき著)という本に、言葉は“言う葉っぱ”と書くから、人間はまさに言葉の葉っぱを実らせる木、という内容の提唱を見つけてから、「人間はまさに言葉でできている」と思うようになった。でも先頃の出来事ほど、それを強く確信させられることはなかったかもしれない。

一時期思いっきり世間を騒がした日大アメフト部の騒動。間違ったことをしたにもかかわらず、日本中を魅了してしまったあの20歳の学生の会見。聞いただろうか? ちょっと褒めすぎじゃない?と言う声も聞こえたけれど、本来が100%アウェーな場面で、大逆転の末に人々の支持を集めてしまったのは間違いない。確かに、誠実で、慎み深く、僅かもおもねることのない立派な会見だった。涙声にもならなかったのは、許してもらおうとか、自分を可哀想に見せたい気持ちがないから。まさしく言い訳しない、自分を救おうとしない真摯な態度は評価されていいはずだが、でも果たしてそれだけで、巨大な大学組織を根底からぐらつかせてしまうような世論のエネルギーが生まれるものなのか。

むしろ日本中を感心させたのは、それを伝える“清潔な言葉”そのものだったのではないか。いろんな意味で無欲な語りに、私たちがなんだか浄化されてしまったからではないか。

弁舌爽やかでも、立て板に水でもない。難しい言葉を使うわけでもない。ただ一つ一つの言葉に全身全霊を込めて、丁寧に絞りだすだけ。だから聞く側は、正しい言葉を正しく紡ぐ、彼と言う人物の成り立ちに、なんだか心を洗われた気がしたのだ。言葉の力とはなんと大きいのだろう。単純に、きちんとしゃべれる、正しく話せる。それが人間にとっていかに大事なことかを思い知らされたのである。人間の質が、言葉には恥ずかしいほどはっきり示されてしまうことを。

中でも、質疑応答に入ってからの彼のある返答に、度肝を抜かれた。それは、被害者に直接会った時、謝罪は受け入れてくれたのか?と言う記者の問いに、彼はこう答えたのだ。「うなずく形で、 聞いていただきました。」すんなり聞き流してしまうような何気ない言葉だけれど、この場面での完璧な答え方。弱冠20歳の学生がなぜこんな配慮ある言葉を選べたのか、不思議でならないほどだった。なぜなら、加害者として、謝罪を簡単に受け入れられたと答えてはいけないし、かといって被害者が少しでも冷たい対応をしたような印象の答えになってはいけない。それこそその現場はピンと張り詰めた、息もつけないような神妙な空気が流れていたはず。その中で被害者が精一杯の理解を見せてくれた事実を、的確に伝える言葉とその組み立ては、これ以上ないほど正しい選択だったと思うのだ。人への配慮も、謙虚さも、反省も、誠実さも、全てがこの言葉に凝縮されていた。口の達者な大人でもこうはいかないはず。

そういう意味で清潔で端正な話し方に、日本中が心動かされたのだと思う。あんな事件を起こしたのに、巷には彼を絶賛する声が震え、“ああいう彼氏”が欲しい、“ああいう社員”が欲しい、“ああいう婿”が欲しいと、あちこちでそんな声が聞かれたとか。言葉の力のすごさに鳥肌が立つほどだった。

人間が言葉でできているとすれば、年齢を重ねるほどに、青々とした言葉をたわわに生い茂らせる、そういう生き方をしなければいけないのだと、ついこの間まで10代だった学生に教えられた気がした。人を生き生きと眩しく、そして美しく見せるのは、見た目以上に、実は言葉なのかもしれないと教えられた気がしたのである。

“魅力ある言葉を持つ女”には誰も敵わない。
未来まで相手を惹きつけたいなら、女は絶対に引力ある言葉を持つこと!

人間は言葉でできている……そう思い知るもう一つの場面が、じつは、恒例のAKB系グループの総選挙。まだ続いていたの?と言う声もありながら、いわゆるミスコンなどよりも、はるかに女と して学ぶべきところがあるのは確か。

AKB的なものに関心がなくとも、年に1度のこの総選挙だけには注目していると言う人も少なくない。言うまでもなく、そこには様々なドラマがあるからだけれど、私はむしろ最初から、AKBとは歌って踊るアイドルではない、“語るアイドル”なのだと思ってきた。今時こんなヒエラルキーが許されるのだろうかと思うほど、人間に明快な順位をつけて、上位者から前に並ばせる、このシステムがまかり通ってしまうのも、実は、“見た目だけの順位”ではないからだ。もっと言うならば、歌の上手い順、踊りの上手い順だったら、AKBはここまでの支持を得る事はなかっただろう。それでは全然つまんないから。

彼女たちが社会現象ともなったのは、そのヒエラルキーが何を基準としているのか、不明だったから。でもそれが指原莉乃の1人勝ち状態が続くことで、要は人間力の順位なのだということが次第にわかってくる。そしてまた、人間力とは言葉の力なのだということも、わかる人にはわかってくる。

そもそもあの選挙、順位が決まってから、一人一人がスピーチする。もちろん言葉はある程度用意しているはずだが、それでも一種の興奮状態の中でメモもなしに長々しゃべるのは至難の業。比較のしようもないけれど、本場のオスカー授賞式に百戦練磨の大スターが上ずっているのを考えると、みな恐ろしく図太く、勇敢だ。いやそれ以上に、みなとてつもなく話が上手い。あの若さで、一体どれだけ経験を積んできているのか、巨大な会場で全国放送もあり。あんなしびれる場面で、さしてアガッた様子もなく声も手も震わせず、1人で自分の思いを叫ぶように語る、その中で見ている人の一割でも感動させられるのは、それだけで大変な人間力。言葉で人に訴えかける能力は、それ自体が人間力だということを、毎回再認識させられるのだ。だからここのオーディションは歌より踊りより、スピーチを優先するに違いない。話す才能がすべてに優先してしまうことを、秋元康氏は世の中に突きつけているのだ。

前回の選挙で7位に入った時に、なぜ人気?とネットでちょっと叩かれたことを嬉しいとコメントし、自ら“可愛くないのに神7”的なキャッチフレーズを掲げた須田亜香里が、今回はなんと第2位に入ったと注目を浴びた。ファンの管理や握手会でのテクニックが素晴らしいと言う説もあるけれど、この人の人気はズバリ言葉を持っているからに他ならない。

しゃべれるから、バラエティーで重宝される。大事な場面で気の利いた一言が言えるから、また使われる。ちゃんと可愛い人だけれど、ただ可愛い人より、一目も二目も置かれ、飽きられることがない。粋な言葉を発するたびに、彼女が魅力的に見えていくことにも気づくはず。そういえば、壇蜜も藤田ニコルも、じつはローラも言葉で成功した人。彼女たちの言葉をもっと聞きたい、もう少し聞いていたい、そう思わせる人が残るのだ。

人を惹きつける方法はもちろんたくさんあるけれど、際限なく相手を引き寄せ、今だけでなく未来に至るまで相手を引きつけ続けたいなら、やはり言葉なのだ。見た目はいつか見飽きてしまう。でも、“言葉を持つ人”から湧いてくる魅力ある言葉は無限。泉のようにどんどん湧き続けるものだから、人を飽きさせることがないのだ。だから、言葉を持とう。本を読み、映画を見て、もっともっと人と話そう。読み聞きした言葉を全て吸収するのも、大切な美容だってわかったはずである。

美容ジャーナリスト/エッセイスト
齋藤薫
女性誌編集者を経て独立。女性誌において多数の連載エッセイを持つ他、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会理事など幅広く活躍。「Yahoo!ニュース『個人』でコラムを執筆中。『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)他、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)、「The コンプレックス 幸せもキレイも欲しい21人の女』(中公文庫)など多数。

『美的』9月号掲載
文/齋藤 薫 イラスト/緒方 環 デザイン/最上真千子

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