【大高博幸さん連載 vol.333】 試写室便り 第112回 『さざなみ』『無伴奏』『ルーム』『見えない目撃者』

夫に届いた ある一通の手紙。
明かされた真実と 夫の一言が 彼女の心を波立たせ、それが止むことはなかった――。
シャーロット・ランプリングの
新たな代表作ともいうべき傑作の誕生!
さざなみ
イギリス/95分
4.9 公開/配給:彩プロ
www.sazanami.ayapro.ne.jp/
【STORY】 土曜日に 結婚45周年の記念パーティを控えるジェフとケイト。しかし 月曜日に ある手紙が届いたことで、彼らの土曜日までの 6日間は、45年の関係を大きく揺るがしていく。山岳事故で死んでしまった かつての夫の恋人の ゆるぎない存在が、突如として夫婦の関係に入りこんできたとき、夫は 過去の恋愛の記憶を日毎に蘇生させ、妻は 存在しない女への嫉妬心を夜毎 重ねていく。それは やがて 夫への ぬぐいきれない不信感へと肥大していくのだった……。( 試写招待状より )
これは、この15年程の間の C・ランプリングの 主演 or 出演作の中で、彼女の持ち味と演技力が最も遺憾なく引き出された作品であると同時に、一本の映画としての価値も並みではないと感じました。どちらかと言えば 静かなタッチの小品に属しますが、夫婦の愛情に関する考察が鋭く強烈で、傑作と評しても過言ではないでしょう。
愛犬との朝の散歩から帰ってきたケイト( ランプリング )が 近隣の男性と交わす何気ない立ち話だけで、彼女の人となりを観客に理解させてしまう導入部のうまさ。それに続き、スイスの警察から届いた一通の手紙を読んで 興奮したジェフ( トム・コートネイ )が、不用意な ひと言を発し、ふたりの間に〝さざなみ〟が立ち始める部分までが 僅か数分という構成の簡潔さ。
「口は禍いの元」と昔から よく言いますが、ジェフが ケイトに心を許しているため、または ケイトが女であるコトを忘れているため、または 単に無神経なだけかもしれない彼の性格のために、観ている側が 一瞬 驚かざるを得ない、ある妙な、ストレンジな ひと言を ジェフは発します。気づくと、画面では 後姿を見せているケイトの体が 突然、凍りついて硬直したかのように止まっている……。しかし ジェフは、ケイトの激しい とまどいには 気づかなかったようでした。
以後、ふたりの 6日間の行動と心理が映し出されていくのですが、ラストシーンでのケイトの顔( 無表情にも見える )と、手の一瞬の動きとが 何を物語っているのか……、そこまで持っていく 脚本・演出・演技が 実に実に見事です。
C・ランプリングは 前述のとうり、非常に素晴らしい。本作へのオファーを得たコトは、彼女の全キャリアのために、とても良かったと思います。脚本・監督の アンドリュー・ヘイ( 弱冠 42歳の新人!)には、彼女の一ファンとして御礼を言いたい程です。ジェフ役の T・コートネイも 正に適役好演。この役を彼以外の俳優が演じていたとしたら、ニュアンスの相当違う映画になっていた可能性が大きいと思います。
印象に残った台詞は……、
1)「パーティの最中に 先に泣き出すのは いつも男よ。大事な時、女は涙を こらえるのに」( ジェラルディン・ジェームズ演ずる親友のリナーが、ケイトに言う台詞 )。
2)「男たちが執着するのが 自分の死亡記事や死後に残す物だというなら、生きている今が大切よって、女が教えてあげなくちゃ。男が失望して自殺しちゃう前に(笑)」( 同じく、リナーがケイトに言う台詞 )。
3)「明日のパーティには出席して。私のコトが不満なのは よく分かったけど、それを他人に気づかれたくはない」( ケイトがジェフに言う台詞 )。
4) ジェフがラストのパーティシーンで、人生の選択について語る短めのスピーチ( 差し障りなく まとめているが、彼は 本心を語っていると 僕には思えた )。
画面を特に注視すべきシーンは……、
1) 屋根裏部屋のような所に置かれている埃っぽい箱の中から スライドフィルムを見つけたケイトが、それをプロジェクターにかけて見る場面。アップやバストアップのコマに続いて、カメラが引きで捉えた カチャ( 山岳事故で亡くなった、ジェフの かつての恋人 )の姿が映し出される瞬間。
2) 嘔吐するジェフを、停車させた車の中から見ている 冷やゝかなケイトの顔( 一番下のスティル )。
3) 前述のラストシーン。特にトムとのダンスが終る瞬間。
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