映像世界で唯一無二の「人物デザイナー」が語る、本質的な美しさとは
人物デザイナー、衣装デザイナー、ビューティーディレクターという多くの肩書を持ち、NHKの大河ドラマや映画などで活躍中の柘植 伊佐夫(つげ いさお)さんが今年の6月、『美人』という書籍を発表。「美人とは形ではない。物語である」と語る自身の“美人論”に加え、業界を代表する俳優とクリエイター総勢50名が「美しい人とは」を語るインタビュー、そしてあとがきとして俳優・福山雅治さんとの対談で構成される、全664頁の大作です。今回、柘植さんが美と関わってきた遍歴、そして美的.com読者をはじめとする現代を生きる女性たちへのメッセージなどをインタビューしました。
人物デザイナーとは?
――「人物デザイナー」という言葉を始めてお聞きしました。実際、どのようなお仕事なのでしょうか?
人物デザインは、扮装のコンセプトを言語化し、チームで共有しながら人物像を生み出すという方法です。その統括が『人物デザイナー』です。登場する人物を物語ににふさわしい姿形に生み出すことが大きな役割です。
僕は、最初の打ち合わせやコンセプトワークが終わると、関係者にデザインの方向性を示すために、デザイン画を描きます。これは、細かく描くことよりも、そのキャラクターが持つ空気感や雰囲気を伝えることに重きを置いています。その後、チームと相談しながら実際の衣装やヘアメイクに落とし込んでいきます」
――ヘアメイク、スタイリストなどそれぞれの職業はよく聞きますが、「人物デザイナー」は柘植さんがパイオニアである、本当に唯一無二の職業なんですね。

(C)2024「もしも徳川家康が総理大臣になったら」製作委員会
『もしも徳川家康が総理大臣になったら』でGACKT氏が演じた織田信長のデザイン画。
知識ゼロで、なんとなく飛び込んだ美容の世界から物語がスタート
--美に関わる仕事に就いた経緯を教えてください。
高校を卒業してから地元の美容室に就職をしました。80年代初めでしたね。当時は男性の美容師がまだ珍しい時代で、オーナーに「僕、パイオニアになって儲けられますか?」って聞いたんですよね。そしたら「チャンスあるよ」と言われて、じゃあやります、と(笑)。
どうせやるなら切り拓けるほうがいい、というパイオニア精神が大きかった
と思います。だから、美容のことは何も知らずに入ったんです。
その後、美容室の「mod’s hair」のスタイリスト4人が、パリの公園で革ジャンを着て、まるでロックミュージシャンのように映っている写真を雑誌で見て「これだ!」と思い、電話をして面接してもらい、就職することになりました。『mod’s hair』で働くうちに、「アトリエ」と呼ばれる、撮影やコレクションのバックステージでメイクをするチームに呼ばれて、ヘアメイクとしての経験を積んでいきました。僕にとって「バブル期」「デザイナーズブーム」「mod’s hair」がピタリとはまって一致して、「ヘアメイク」という職業に進んで行くんです。ある意味、ラッキーだったと思います。
--その後、フリーのヘアメイクとして多くの著名人のご担当をされるんですね。先ほど美容に興味があって入った業界ではない、というお話をお聞きしましたが、そもそも美というものを意識した原体験は、どこにあるのでしょうか?
僕は長野県伊那市の出身で、伊那市は木工が盛んな地域です。父は家具のデザインやパターンをつくる仕事をしていました。皮で椅子のプロトタイプをつくったり、設計図を描いたりする様子を小さな頃からよく見ていました。油絵も描いていたので、父も絵が好きだったんですよね。この
「何かをつくっていくプロセス」というのが、僕の中に息づいている
と思います。
また、家にある多数の本の中で、「ルーブル美術館」の全集があって、その「ルネサンス期」の1冊だけをとてもよく見ていました。大好きだったんです。これもとてもよく覚えています。
「表層の美しさ」は、果たして本質的な美しさなのか?
--著書で書かれている「内面の美しさが魅力を生む」「美人とは形ではない。物語である」という内容にとても感銘を受けました。しかし、これを意識するのはとても難しいことですよね…。
例えば、集中的にメイクや化粧品にこだわって、ある意味「オタクになる」時期ってとても重要だと思うんです。美しくなりたいと頑張ってある程度のところまで行くことに対し、僕はとても賛成します。しかし、 ある“特異点”を超えると、美しくなくなってしまう んです。それは「人から好感を持たれなくなる」瀬戸際とも言えます。今までと同様にメイクをしたりしても、他人から見たときにあまりに自分が美しくなろうとする“執着心”が見えると、「この人は美しさをどう捉えているのだろう」という“エゴへの嫌悪感”が強くなり、美しくなく見えてしまいます。 美しさとは、人とのコミュニケーションをとるためにある という側面が損なわれてしまうからです。だから、自分が行き過ぎないように 忌憚なく意見を言ってくれる友達や専門家が必要 なのではないでしょうか。「恋人のために美しくありたい」と思うことはあるでしょう。けれども自分だけの思い込みが激しいと、美しさの基準が見えなくなり、相手からすれば逆に疎ましく感じられてしまう。そのような行き違いも、自分が“特異点”にいる一例かもしれません。
--たくさんの俳優さんとお仕事をされていますよね。一般の方には、彼女たちのようになりたい、とメイクをマネする人も多くいますが…。
俳優さんは、もちろん素材として美しい人が多いのは事実ですが、彼らは「美しくなること」を目的としていません。物語世界の中で、その役柄に憑依するために存在しています。だから、現場入りではすっぴんで、その状態がベストコンディションであるように努力をされています。自分がその物語の中で、 “出ず入らず”でいられることに努力することが、美しさに繋がっている と思います。一般の方においても「適度でいられる人」「その場にスムーズに存在できる人」こそが、美しく見えるのではないでしょうか。
「美しさ」に関して多くの共通点があった、福山雅治さんとの対談
--著書を拝読し、「あとがきにかえて」の福山雅治さんとの対談が特に印象的でした。
「美容師」は髪をつくる、「ヘアメイク」は髪と顔をつくる、「ビューティーディレクター」は作品全体のヘアメイクを差配し、「衣裳デザイナー」は服飾をつくります。そして「人物デザイナー」は作品全体の扮装をつくる役割を担います。僕の履歴は部分から全体へと視野を広げてきたと言えるでしょう。
「人物デザイナー」という呼称ができたのが、2011年放送のNHKの大河ドラマ『龍馬伝』でした。この本は、僕にとって「美」というものに対する棚卸だと思っていたので、この本において福山さんから何かお言葉をいただかないと締めにはならないだろうと考え、対談をお願いしたという流れなんです。
--実際にお話されていかがでしたか。
あの作品制作から14年が経っていたのですが、そんな感じはまったくしなかったですね。福山さんはとても頭のいい方なので、選ばれる言葉も、「美」に対しても「人間」に対しても芯を捉えられているんだなと感服しました。
実はお会いする前に、この14年間、彼が生み出した曲の歌詞を拝見したのです。その作業の中で感じたのは、「人への応援歌が多い」ということでした。
「頑張る」ことへのリスペクト、そして「頑張り」へのエールを重んじている、それがとても美しい
と思いましたね。
「パイオニアになりたい」と夢を持った青年が、NHKの大河ドラマで「人物デザイナーという新たな職業へ――。とても魅力的なお話を伺いました。「人物像をつくる仕事」である人物デザイナーは、ヘアメイクでもスタイリストでも、どこからでも入れる仕事だけれど、「僕の場合、ヘアメイクで直接髪や肌に触れ、肌合いを感じることがとても重要だった気がします」と語ってくれた柘植さん。また、脚本を読み、役柄を感じる直感、そして人に会うことがまったく苦にならない、好奇心を持つことも大切だと話されていました。これからのご活躍もますます楽しみです!

『美人』柘植伊佐夫
定価:6600円
発行:サンマーク出版
全国書店にて発売。
取材・文/増本紀子(alto)
※価格表記に関して:2021年3月31日までの公開記事で特に表記がないものについては税抜き価格、2021年4月1日以降公開の記事は税込み価格です。
1960年東京生まれ。長野県伊那市で育つ。上京後、美容室「MOD’S HAIR」にて美容師として松田聖子、坂本龍一など著名人を担当。1990年、第一回日本ヘアデザイナー大賞受賞。その後、ヘアメイクアーティストに。多数の広告、パリ・ミラノコレクションなどで活動後、1995年に映画『GONIN』にて作品に初参加、以後ヘアメイク監督として活動。2003年、映画『キューティーハニー』よりビューティーディレクターに。『おくりびと』など多数を担当。2010年の大河ドラマ『龍馬伝』の人物デザイン監修を行い、大河ドラマ『平清盛』『どうする家康』、ドラマ『精霊の守り人』『岸辺露伴は動かない』、映画『シン・ゴジラ』、『翔んで埼玉』などさまざまな作品で活躍。2025年6月、著書『美人』を上梓。