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2026.07.26

雨の京都に似合うグリーンの香り|石坂将「旅するフレグランスノート」vol.2

日本発フレグランスブランド「ショーレイヤード」の創業者である石坂翔さんによるフレグランス連載。国内外を忙しく飛び回る日々のなか、旅先で出逢う風景や人々、そこで感じた匂いの記憶を通して、石坂さんならではの視点で香りへの想いを綴ります。

WRITING: 石坂 翔

石坂 翔

石坂 翔

株式会社セントネーションズ代表/フレグランスプロデューサー

ランカスター大学大学院修了後フレグランスメーカーに入社、2012年独立し株式会社セントネーションズを設立、2013年「ショーレイヤード」を立ち上げ。全国の都市型商業施設に展開しつつ、21年に初の路面店としてカフェ併設の恵比寿本店を開業。25年にはブランド市場最大規模となる西麻布店のほか、初の海外旗艦店となるパリ店をオープン。

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奉納提灯が境内を静かに彩る。

梅雨の京都は、雨が似合う。石畳はゆっくりと色を深め、軒先から落ちる雨粒は、まるで何百年も前から同じ音を奏で続けているようだ。

今回、私はSHOLAYERED京都三条店で開催するイベントのため、この街を訪れた。

三条は、京都の新しい息遣いを感じる場所だ。古い町家の隣に現代のショップが並び、それでも街全体は決して急がない。京都という街は、新しいものを拒まない。ただ、時間というフィルターを通して受け入れていく。そんな印象がある。

活力みなぎる皐月の葉緑とは違い、梅雨時期の葉緑はなんとも物憂げに感じる。

梅雨の京都を歩くと、私はいつも、少しグリーンな香りを感じる。雨に濡れた木々の青さ。苔の湿度。鴨川沿いを抜ける柔らかな風。庭先の葉に残る水滴。そこには、強いグリーンではなく、しっとりと水を含んだ、淡く透明なグリーンがある。

そこに、ほんの少しシトラスが重なると、とても京都らしい香りになる気がする。レモンやベルガモットのような明るさではなく、雨雲の隙間から一瞬だけ差し込む光のようなシトラス。湿度のある空気の中で、軽やかに抜けていく柑橘の香り。梅雨の京都には、このグリーンとシトラスのハーモニーがよく似合う。

香りは、季節に合わせて選ぶこともできるし、場所に合わせて選ぶこともできる。けれど私は最近、旅に合わせて香りを変えることほど、美しい楽しみ方はないのではないかと思っている。

少し前の猛烈なインバウンドが少しずつ落ち着きつつある。

旅先でつけた香りは、ただの香水ではなくなる。その日の天気、歩いた道、食事をした店、出会った人、濡れた石畳、ホテルへ戻る夜の空気。そうした記憶が、すべて香りに染み込んでいく。

そして何年か経ったあと、同じ香りをふと纏った瞬間に、その旅の景色が一気に蘇ることがある。写真は目で思い出すものだが、香りは身体で思い出すものだ。だから旅に香りを連れていくことは、自分だけの記憶のしおりを作ることに近い。

京都には京都の香りがある。パリにはパリの香りがあり、台東には台東の香りがあり、海辺には海辺の香りがある。その土地の空気に、自分の選んだ香りをそっと重ねる。すると旅は、ただの移動ではなく、自分の内側に深く刻まれる体験になる。

八坂神社からほど近い、SHOLAYERED 京都ねねの道店。

イベントを終えた帰り道、私は自然ともう一つの店がある、ねねの道へ足を運んでいた。雨に濡れた石畳を歩いていると、ふと、不思議なことに気づく。

「ね」。

フランス語で鼻を意味する言葉は、「nez(ネ)」という。香りの世界では誰もが知る、ごく当たり前の単語だ。もちろん、ねねの道とは何の関係もない。豊臣秀吉の正室・ねねに由来するこの地名と、フランス語が結び付く理由などない。

それでも、香りを生業とする私が京都で最初に店を構えた場所が「ねねの道」だったことを思うと、人生とは時折、こんな粋な偶然を用意してくれるのかもしれないと思えてくる。

梅雨の夕刻、法観寺の五重塔。

香水はフランスで磨かれた文化だ。一方、京都には千年以上前から香木を焚き、その香りに耳を澄ませる「聞香」という文化がある。西洋では香りを「纏う」文化が育ち、日本では香りを「味わう」文化が育った。

その二つは遠く離れているようでいて、人の心を豊かにするという一点で、どこか深くつながっている。だから京都を歩いていると、香りは鼻だけで感じるものではないことを思い出す。

雨に濡れた杉。古い町家から漂う木の香り。寺院の静寂。庭園に漂う苔の湿度。

すべてが一つの香りとなって、街全体を包み込んでいる。香りとは、瓶の中だけにあるものではない。街にも香りがあり、歴史にも香りがある。

私はいつも、新しい香りをつくろうとしている。けれど京都を歩くたびに思う。本当に新しい香りとは、過去を忘れて生まれるものではなく、何百年という時間の積み重ねの上に、そっと新しい一滴を落とすことなのではないか、と。

ふと視線を落とすとそこに梅雨の風情がある。

梅雨の京都は、美しい。華やかな桜でも、燃えるような紅葉でもない。静かな雨が、この街が積み重ねてきた時間をゆっくりと浮かび上がらせてくれる季節だ。 

だから私は、京都へ来るたびに思う。香りは、目には見えない。けれど歴史もまた、目には見えない。私たちはその両方を感じながら生きている。そして今日もまた、「ね」のある街で、香りの仕事ができることに、小さな運命を感じている。

※価格表記に関して:2021年3月31日までの公開記事で特に表記がないものについては税抜き価格、2021年4月1日以降公開の記事は税込み価格です。

WRITING: 石坂 翔

ランカスター大学大学院修了後フレグランスメーカーに入社、2012年独立し株式会社セントネーションズを設立、2013年「ショーレイヤード」を立ち上げ。全国の都市型商業施設に展開しつつ、21年に初の路面店としてカフェ併設の恵比寿本店を開業。25年にはブランド市場最大規模となる西麻布店のほか、初の海外旗艦店となるパリ店をオープン。

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Text & Photos: 石坂翔

Edit:: 木津由美子

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