向坂くじらさん連載「そうでないものの美」 Vol. 04
詩人・小説家の向坂くじらさんによる連載、第4回目のテーマは「まっすぐでないものの美」です。
Vol. 04/まっすぐでないものの美
道
猫背が歩いていく
目では見えない荷物の
重さではない重さを
猫背は運ぶ 恐竜のように首を
前へ 前へと伸ばして
ひとりに ひとつ と
用意された箱が それなのに
自分より小さかったら
花いちりんなら 茎を切ればよろしい
だけど しなやぐ骨
ひとすじの
あなたの稜線
そうして あなたは曲がる
猫背が歩いていく
曲がった道は長い道です
光のあたる長い道です

曲がったへびのほうがあぶないらしい。
そう聞いたのはいつだったか。長い体をSの字に折り曲げ、鎌首をもたげているへびを見かけたら、そっと距離をとったほうがいい。へびが曲がっているとはすなわち、攻撃のしたくが整っていることだからだ。十分に曲がった体は、つぎの瞬間ばねのように一気に伸びて、敵に飛びかかることができる。嚙みつかれたくなかったら、曲がったへびには近寄らないほうがいい、というわけだ。
この生きものの生態から―それもまた、詩人という生きものの生態か―「曲がって、曲がって、曲がったぶんだけ、そのうちに力を抱きこんでいるもの」というイメージが、わたしにすっかり取りついてしまった。そのせいで、夫がシャツにも天パにもこまやかにアイロンをかけていたりすると、なんだかもったいないような気持ちがする。せっかく、攻撃がしたくされていたのに、と思う。まっすぐでないのはそのぶん小さく見えるけれど、本当は曲がったぶんだけの大きさを隠し持っているのだ。
「まっすぐな人」なんてほめ言葉もいいが、それは見たまんまの大きさが、結果ほかの人をこわがらせない、そこがいいわね、ということなのだろう。まっすぐなへびは(比較的)安全なのだ。とてもじゃないけど「まっすぐな人」だなんて言われたことのないような人が、ときどき抗あらがいがたい魅力を放つのも、だからうなずける。本当は大きな大きなものが、人間のかたちのなかに、くにゃっとつめこまれて。
曲がったほうが、ふふふ、あぶない。なにが?性根。
\過去連載もお見逃しなく!/
「そうでないものの美 」※価格表記に関して:2021年3月31日までの公開記事で特に表記がないものについては税抜き価格、2021年4月1日以降公開の記事は税込み価格です。
さきさか・くじら/慶應義塾大学文学部卒。国語教室「ことぱ舎」主宰。詩集『とても小さな理解のための』(百万年書房)『アイムホーム』(百万年書房)など多数刊行。小説『いなくなくならなくならないで』『踊れ、愛より痛いほうへ』(河出書房新社)が芥川賞候補に選ばれている。