美のカリスマ・エリザベートはコンプレックスの塊だった?旅を続けた戦慄の理由【齋藤薫「大人美のマナーとルール」vol.15】
絶世の美女ほど、コンプレックスの塊だったりする不条理。例えばこの人、美貌の皇妃としてあまりにも有名なエリザベート。その不可解な流浪の人生には、美へのコンプレックスがあったという話をしたい。【齋藤薫「大人美のマナーとルール」vol.15】
16歳で一目惚れされ、自分の美に気づく
世界3大美女には名を連ねなかったものの、ハプスブルク家600年以上の歴史において、最も美しかったと言われるオーストリア皇妃エリザベート。肖像画ではなく、きちんと写真が残っているから、絶世の美女だったことには、嘘も誇張もないわけだ。
ところが皮肉なことに、その人生は自らの美貌に翻弄され、追い詰められていくものだったと言っても良い。
エリザベートは旅先で政治活動家によって、刺殺されている。どうしてそんな数奇な運命を辿らなければいけなかったのか? 実はそこにも、宿命的ともいえるその美貌が関係しているとの見方があるのだ。
エリザベートの美貌と数奇な運命の因果な関わり、それは物議をかもした結婚から始まっている。もともとは姉のヘレーネがお妃候補としてオーストリアに招かれていたのに、フランツ・ヨーゼフ皇太子は同行しただけの妹エリザベートに一目惚れし、両家の意思に反した結婚となったのだ。
ちなみに、エリザベートを描いた多くの物語は、この時、姉が激しく嫉妬をしたとあるが、もともと慎ましいヘレーネはほとんど黙ってそれに耐えた、というのが真相であるらしい。ヘレーネも充分に美しかったといわれるが、印象が暗く、少し痩せていたため、皇帝の目は溌剌とした16歳のエリザベートにのみ注がれたのだ。
かくして皇妃となるや否や、オーストリア国民から大歓迎を受け、ヨーロッパ随一の美貌の王妃として、各国からも注目されることになる。まさしく、かつてのダイアナ妃のように。さらにダイアナ妃もまさにそうであったように、エリザベートもその熱狂ぶりを見て初めて、“自分の美貌に気がついた”ともされる。少女の頃はある意味の野生児で、そうした自覚も自意識も、そしてもちろん自己顕示欲もなかったとされるのだ。
コンプレックスがそのまま美への執着へ
しかし聡明かつ快活、行動的でもあったエリザベートは、民衆を惹きつける自分の武器は、この美貌にあるのだということに気づき始める。一方で、窮屈な宮廷生活にストレスを感じていた上に、子供たちを手元で育てる事が許されなかった。そうしたことが複合的な理由となって、次第に美に激しく執着し始めるのだ。
肌に良さそうなものは何でも肌に乗せ、生肉のパックをしていたのは有名。腰の下まである長い髪を美しく梳かしあげるのに毎日3時間かけたとも言われる。
ちなみに、太らないように体操を欠かさなかったのは、宮殿の皇妃の私室に文字通りの“吊り輪“やぶら下がり健康器のような“助木”といった体操器具が残っていることからも明らか。太い腕を気に病み、172センチで50キロという目標を掲げて、ダイエットに没頭。ウエストは50センチという記録もあるものの、これはコルセットで締め上げたサイズだろう。
かくして、美に執着すればするほど、逆に完璧ではない自分を受け止められなくなっていく。コンプレックスの元となったのは、義母であるゾフィー王妃から、あなたは顔は美しいけれど、歯並びが悪い、歯が黄色いと言われたこと。それ以来、エリザベートはあまり笑わなくなったとも言われるのだ。
いや、笑わないどころか、人との会話を避けるようになる。話す時はいつも大きな扇子で口元を隠すなどしていたとも言われるのだ。
旅をし続けたのは、人目を避けるため?
さらには、年齢とともに衰えていく自分をひどく気にしていたのだろう。だんだん人との関わりを避けるようになるのだ。城の中でもなるべく人と合わないよう、裏の通路を使うことが多かったとも。
やがて一年の大半は旅に出て、外国で過ごすようになるのだが、もちろんそれはウィーンの宮廷での生活が、いよいよ苦悩に満ちたものになっていたせいでもある。
もともと宮廷にどうしても馴染めなかった最大の要因は、姑・ゾフィー王妃との確執。またエリザベート自身、旧態依然とした王制に対して批判的で、自由主義者であったこと。そして何より、同じ思想を持つ長男ルドルフが、王制への嫌悪感と王位継承者としてのプレッシャーに苦しみ、若くして自殺してしまうなど、宮廷から少しでも離れていたいという思いに至った理由は、複数あったのだ。
でもその中の1つは紛れもなく、容姿へのコンプレックス。衰えに対する後ろめたさがあったはず。だから人目を避ける1つの手段として、エリザベートは生涯旅を続けることになるのだ。最小限のお付きだけを伴って。
旅そのものに目的があったわけではなく、様々な意味での逃避行だった訳で、その心情を思うと何か身につまされる。
美容医療がなかった時代、美人たちの悲劇
かつて、まだ美容医療が全くなかった時代、またあったとしても、リフトアップなどの美容整形は失敗も多かったという時代、ハリウッドで美人女優として鳴らした人たちはその多くが40代50代以降は人目を避けるようにひっそり暮らしていたと言われる。中には部屋から全く出てこない女優もいたのだとか。
エリザベートも含め、そういう女優たちが、もし今の時代に生まれていたら、後半人生は全く違うものになったのだろう。若さを保つ手段はいくらでもある時代に、40代50代60代を迎える私たちの世代は、人生レベルでどれだけラッキーなのだろう。
エリザベートは旅先で、皮肉にも王制を憎む運動家に暗殺される。この時ちょうど60歳。それこそ波乱に富んだ人生だった。もちろん無念であっただろうけれど、60歳という年齢を考えると、それ以上自分の衰えに苦しむことがなかったのは、せめてもの鎮魂。
現在のハリウッドでも、美人女優は歳を重ねるのが難しい。美容医療がポピュラーになればなったで、どうやって歳をとっていいか分からなくなっている人が増えている。それはいくらなんでも不自然でしょ? というほど、若さに執着することもできるから。
いずれにせよエリザベートは、美しいがゆえに、美に妥協しなかったがゆえに、激しく苦悩し、数奇な運命を強いられた。そこから何を読み取るのか。それもまた1つの美容!いいじゃない、そこそこ美しければ……。
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