小説家・本谷有希子さんが語る、美しい人たちを観察して気づいた共通点|「一番手の効能」って?
1位、1回、1分、ひと晩、一番、一発逆転、一点投入…美容を楽しむためのキーナンバーとなるのが「1」。そこで!メイク、スキンケア、ヘアなど、美容のいろんなことを“1”で切ってみたら、楽しいネタを続々発見! 今回は、小説家、劇作家、演出家として活躍する本谷有希子さんの「1」にまつわるコラムをお届け!
「一番手の効能」――――文・本谷有希子
少し前、知人の女性からハッとさせられるエピソードを聞いた。
なんでも彼女は、みんなでクジ引きをするときは必ず誰よりも先、一番目にクジを選ぶ、と決めているらしい。理由を聞くと、彼女は当然のように「だって運命は自分の手で掴み取りたいじゃないですか」と答えた。
なるほど、確かに確率的に考えれば、何番目に引こうが結果には影響しないだろう。だが私はといえば、これまで似たような場面で必ずと言っていいほど、全員が選んだ一番最後のクジに手を伸ばしていたような気がする。そうやって〈残り物〉を選ぶことで、他に選択肢はなかったし、という状況を無意識のうちに作り出し、こっそり安心してきたのだ。
自分で何かを決断することは、どんな些細なことであれストレスを伴う。仮に一番先にクジを引いて、最悪な結果だったらどうする?「ああ、やっぱり私には運がないんだ」と必要以上に凹むに違いないし、その後も「くじ運のない私」のイメージが自分に付き纏うだろう。残り物なら、それほどダメージは受けない。「福があるって言うし」と根拠なく自分に言い聞かせ、先にいいクジを引いてしまった人のせいにして、生きていくことができる。
自分から何かを決断した時に発生する責任から逃げるために、私は今までどれだけの〈一番手〉を他人に譲ってきただろう。もちろん、常に危惧はある。そんなことを続けたら、気づいた時には全てを他人任せにし、「〇〇のせいで…」「××さえなければ」と死ぬまで愚痴っている人間になってしまうではないか。
私は自分の周りの美しい人たちを観察した。そして、共通点に気がついた。彼女ら/彼らは嫌なことがあっても、決して誰か/何かのせいにしないのだ。どんな時も凜としていて潔い。潔いから、生き方までが美しい。いや、生き方が反映された結果、外見も魅力的に映るのか。
「自分自身の人生を、所有している」。彼女たちからそんな言葉を連想する。人生の全ての責任を背負っている者だけに溢れる、余裕と自信。
この間、私は試しにクジを生まれて初めて一番目に引いてみた。たかがクジと舐めていたが、どんな結果であれ引き受けると思った瞬間、体に力が漲り、人生を所有したような気分になった。なんだ、もっと早くこうすればよかったのだ。以来、私は一番手の魅力に取り憑かれた。誰よりも先に伸ばした手の中には、運命の手応えらしきものの感触が残っている。
Profile
本谷有希子さん
小説家、劇作家、演出家として活躍。「劇団、本谷有希子」主宰。2016年小説「異類婚姻譚」(講談社)で第154回芥川龍之介賞受賞。6月9日より舞台「マイ・イベント」を上演。
『美的』2022年7月号掲載
撮影/西原秀岳(TENT) 構成/むらなかさちこ
※価格表記に関して:2021年3月31日までの公開記事で特に表記がないものについては税抜き価格、2021年4月1日以降公開の記事は税込み価格です。