大高博幸の美的.com通信(306) 『カプチーノは お熱いうちに』『バードピープル』『合葬』 試写室便り Vol.100

人生の乱気流に遭遇したとき、そばにいてくれる人は誰ですか?
笑って、泣いて、元気をもらえる、あらゆる世代の女性に贈る 人生讃歌。
イタリア本国で ナンバーワン 大ヒット!
『あしたのパスタはアルデンテ』の フェルザン・オズペテク監督最新作!
『カプチーノは お熱いうちに』 (イタリア/112分/R15+)
9.19 より公開中。
www.zaziefilms.com/cappuccino/
【STORY】 アドリア海を臨む、南イタリアの美しい街、レッチェ。カフェで働くエレナは、雨の日のバス停で、アントニオと出会う。アントニオは、偶然にも同僚 シルヴィアの恋人だった。性格も生き方も まるで違うのに 強く惹かれ合った二人は、周囲に波乱を巻き起こした末、その恋を成就させ 結ばれる。
13年後、カフェの同僚で 親友のゲイ、ファビオと独立して始めたカフェが成功し、アントニオとの間に 二人の子供を もうけたエレナは、公私共に多忙な日々を送っていた。しかし、あんなに愛し合ったエレナとアントニオの夫婦関係には、綻びが生じ始めていた。そんな時、叔母に付き合って がん検診を受けたエレナは、思いがけない結果を聞かされる…。(プレスブックより)
試写招待状を受け取った瞬間、題名と画像から 大好きだった『あしたのパスタはアルデンテ』(通信(67))に共通するテイストを感じました。即、紹介文に目を通したら、それも そのはず、『あしたのパスタ…』の オズペテク監督作品。僕にとって「現代のイタリア映画の ハイ・スタンダードは 彼の作品」という感じなので、この試写には 心が浮き立つ思いでした。
第一主役のエレナが病魔に襲われるという “人生の乱気流”が 後半の軸となるにも拘らず、この映画は 決して暗くもシリアス過ぎもしません。家族や 友人・仲間たちの愛を糧に 乱気流を乗り越えていくという、広い意味での ヒューマン・ラヴ・ストーリー。現実は厳しく過酷ではあるけれど、イタリア人ならではの 底抜けの明るさ・気さくな優しさ・大らかなユーモアが、乱気流を蹴散らしてしまう…、この映画の価値は、そこにあります。
勝気で正義感の強いエレナ役の カシア・スムトゥニアクは、モデル出身というだけあって素晴らしい美人、しかも演技も達者です。
アントニオ役の フランチェスコ・アルカは、種馬的マッチョさの中に潜む 繊細な神経と 愛情の強さ・深さを好演。ファビオ役の フィリッポ・シッキターノは まるで本物のゲイのようで、特に後半の演技が冴えています。
脇役ながら楽しみにしていた エレナ・ソフィア・リッチ(『あしたのパスタ…』で最高だと感じた女優)は 前作ほど際立つ役ではないものの、今回も 居そうろう役(エレナの叔母役)の上、名前と共に 性格を度々変えながら生きていくという妙なキャラクターに、前作と共通した面白さがありました。アントニオが浮気する美容室の店主(ルイーザ・ラニエリ)は、『昨日・今日・明日』の頃の ソフィア・ローレンの役どころのようなイメージで、日本女性には かなり欠けている大陸的な大らかさと行動力とを体現している好人物。お人よしで可愛いシルヴィア(カロリーナ・クレシェンティーニ)の泣き笑いも イタリア的で チャーミングでした。
But、最高に良かった人物は、エレナと病室が一緒になる エグレ(パオラ・ミナッチョーニ。多分、『あしたのパスタ…』でメイドの役を演じていた女優、だと思います)という 生粋の天然的コメディエンヌ。自然体で お茶目で、生きているコトを100%楽しんでいる姿が、実に実に素晴らしい。このエグレは、オズペテク監督自身の心を 代弁しているという印象も受けました。
仲よしの お友だち数人と、誘いあって観てほしい作品。精神衛生上、プラスになるコト請けあいです。さらに いつの日か、「あの映画、観ておいて良かったなぁ」と想い出すコトも、きっとあると 僕は思っています。

鳥になった。私が見えた。
――境界線なんて、やすやすと超えられる!
パリ、シャルル・ド・ゴール空港横のホテルで、思いもよらない瞬間に訪れる、
明日を変える ちょっと不思議な出来事。
『バードピープル』 (フランス/128分)
9.26 公開。birdpeople-suzume.com
【STORY】 パリ、シャルル・ド・ゴール空港横のホテル。ここでは、止まり木から止まり木へと渡るように、人びとが 毎日 忙しく行き交う。
ゲイリー……。今日はパリ、明日はドバイ、分刻みのスケジュール。…こんな日々が死ぬまで続く。限界だ。仕事は電話で辞めた。妻とは Skypeで別れた。あの鳥のように自由になりたい。
オドレー……。大学は休学中。今はホテルのルームメイド。私って まるで幽霊みたい。停電の夜、何かが起こる予感――。どうしよう、これが私? 覚悟を決める。もう飛ぶしかない。どうせなら、うんと楽しんで。(試写招待状 & プレスブックより)
『レディ・チャタレー』から 8年振り、パスカル・フェラン監督の最新作。2014年 カンヌ国際映画祭「ある視点」部門、ルイ・デリュック賞、2015年 セザール賞など、計9部門にノミネートされた小品で、現代人の心の痛みや苦しみを軸に、夢と願いが ファンタジーを通して描かれています。
この映画には 〝グランド・ホテル形式〟的なタッチが 少しながらあって、ゲイリーとオドレーの絡みは ラスト間際に ホンの少しあるだけ。ふたりは 全くベツの世界の人間…、しかし 現状にウンザリしていて、生活を変えたいと切望している点で共通しています。
ゲイリーは 出張で パリに来ている アメリカ人。勤勉で聡明 かつ物静かな男のようですが、以前から溜まっていた仕事と家庭生活のストレスが限界に達していて、職場放棄に等しい 出張中の辞職と 苦渋の離婚を決意します。その顔に解放された喜びが浮かぶという場面には、観客(特に男性観客)の多くが 強い共感を覚えるでしょう。
オドレーも 真面目に よく働く若い娘ですが、急な残業やシフトの変更要求に「私はドレイじゃないわ」と腹を立てゝいます。その割には 顔つきが柔らかく、露骨にフテくさったりは しない性格。そんな彼女が 残業中の夜に 停電が起こり、ホテルの屋上へ出たところで トツゼン 雀に変身して、空を飛び始めるという展開が面白い。
ゲイリー役の ジョシュ・チャールズ(43歳前後)は、アメリカ人というよりは 英国人のような雰囲気。台詞にも表情にも誇張がなく、微妙な心理表現に卓越した演技力を感じさせます。
オドレー役の アナイス・ドゥムースティエ(27歳)は、少女の雰囲気を漂わせた姿形と表情がチャーミング。本作の演技で注目を浴び、今後の活躍が約束されているとのコト。また、CG技術が使われているとはいえ、雀が見事な演技を披露しています。
P・フェラン監督は、メッセージ性を 強く押し出そうなどとは 考えていないようですが、ゲイリーとオドレーに対する まなざしが 寛大で温かい。それは そのまゝ、観客に対する 彼の気持ち そのもののようです。
僕は 全篇を通して興味深く観ましたが、特に印象に残ったのは 次の 3場面。① 深夜、息苦しさにホテルの外へ飛び出したゲイリーを気づかって、フロント係のシモン(ロシュディ・ゼム。『チャップリンからの贈りもの』(通信(295))で オスマン役を好演した男優)が、それとなくタバコを差し出す場面。② ホテルに宿泊中の心優しい日本人イラストレーターのアキラ(タクリート・ウォンダラー)と雀(実はオドレー)との、ちょっとしたメルヘン風の絡み。③ ラスト間際、初めて言葉を交わすゲイリーとオドレーの、エレベーターからロビーへと続く一連の場面。
ひとつだけ 僕なりの苦言を述べると、コレは プロローグの時点から感じていたコトですが、各カットが少々長く、時には 間のびした感さえ受けたコト。また、もう少しだけ 脚本を整理して 120分以内に収めたなら、映画として もっと引き締まったはずという印象も受けました。非常に好感度の高い作品だけに、それだけが ちょっと残念です。
P.S. 全くの余談ですが、本作を観ながら、僕は かつて見た ふたつの不思議な夢を想い出していました。ひとつは 21歳の時の、鳥カゴを忘れ、慌てゝホテルへ走って戻る夢。高校の修学旅行のような場面なのに、なぜか 僕は 5歳の幼稚園児姿でした。もうひとつは 27歳の頃の、懸命に両腕をバタバタさせていたら 大きな羽根が生えてきて、フワリと空中に舞い上がった夢。どちらも 現状に苦悩していた時の夢だったと、今回 改めて 気づかされました。皆さんにも 似たような経験が ある or あったのではないでしょうか?

終わりゆく江戸。切なく揺れ動く 青春最後の一ヶ月。
天才漫画家・杉浦日向子の代表作が、ついに初実写映画化!
『合葬』 (日本/87分)
9.26 公開。GASSOH.JP
【STORY】 鳥羽・伏見の戦いの後、将軍の警護 および 江戸市中の治安維持を目的として 有志により結成された「彰義隊(ショウギタイ)」。将軍に熱い忠誠心を持ち、自らの意志で隊に加わった青年・極(柳楽優弥)と、養子先から追い出され、行くあてもなく入隊した柾之助(瀬戸康史)、隊の存在に異を唱えながらも そこに加わらざるをえなかった悌二郎(岡山天音)の、時代に翻弄された数奇な運命――。(試写招待状より。一部省略)
現代の若者に通ずる リアルな青春群像モノとして、日本漫画家協会賞の優秀賞に輝いた 杉浦日向子の同名時代漫画の映画版。本作は 新感覚の時代劇映画であり、なんと 途中に英語詞の ヴォーカルトラックが流れたりも…。But、それが奇異な印象を与えず、映像と見事に調和していたコトに とても驚かされました。
本作で僕が第1に感心したのは、新進気鋭の小林達夫監督の作風です。映像とナレーション(カヒミ・カリィ)の掛け合わせなど 珍しいほど スタイリッシュで、独自の空気感の醸成に成功しています。構図や色調が極めて美しく格調高いのは、ベテランスタッフ陣の技量に負うところが大でしょうが、少なくとも 演技の間と 台詞やカットつなぎのタイミングの良さは、監督の こだわりなくしては 形にならなかったはず。87分という尺も、無理に引き伸ばした時代劇映画のような マイナスの印象を与えません。
第1主役を演ずるのは 柳楽優弥。6年ほど前だったか、僕は彼を松竹本社のエレベーターホールで見かけたコトがあり、初々しく柔和な雰囲気の 非常に愛らしい美少年だと感じた記憶が あります(松竹社員の方に 礼儀正しく挨拶した後、ひとりでエレベーターに乗って帰って行きました)。その彼が 凛々しい青年に成長して、本作では 深川の遊女らとの 〝濡れ場〟まで演じているのです(生々しい撮りかたは されていませんが、計 3回も!)
たゞし、現代の若者との共通点が 強く打ち出されていたのは、柾之助と悌二郎のほう。宿屋の娘(桜井美南)に寄せる柾之助の恋ごころなど、その若さ・無垢さが いじらしく感じられたほどでした。また、助演ながら、隊の穏健派・森篤之進役の オダギリジョーに、風格のような味が備わってきています。
P.S. 小林監督の次回作にも大いに期待。できれば 明治時代あたりの、軽妙洒脱な題材に取り組んでほしいと願っています。
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![]() 1948年生まれ。24歳の時、日本人として初めて、パリコレでメークを担当。 『美的』本誌では創刊以来の連載「今月のおすすめ:大高博幸さんが選ぶベストバイ」を執筆。 ■大高博幸の美的.com通信 https://www.biteki.com/article_category/ohtaka/ |
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