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2013.10.16

大高博幸の美的.com通信(182) 『ダイアナ』『ハンナ・アーレント』 今秋の話題作&問題作 試写室便り Vol.52

ダイアナ
今なお人々の心に生き続ける<世紀のプリンセス> 初の映画化!
世界が知らない本当のダイアナを描く感動の物語。
ダイアナ』 (イギリス映画、113分)
10.18 ロードショー。diana.gaga.ne.jp

【STORY】  1997年8月、交通事故でドラマチックな人生を閉じた、元英国皇太子妃ダイアナ。20歳のロイヤルウェディング、ふたりの王子の出産を経て、幸せの絶頂を迎えるはずが、夫の不倫、王室との確執、マスコミとの攻防に傷つき 疲れ果て、離婚。シンデレラストーリーは終わりを告げた。絶望を抱えた日々――そんな時 出逢ったのが 人の命を救うことに全てを捧げる心臓外科医のハスナット・カーンだった。彼に支えられ 初めて自分の人生を歩み始めるのだが……。(宣伝用資料より)

ウィリアム王子に第一子が誕生した今、健在であれば“グランドマザー”になっていたはずのダイアナ元皇太子妃。コレはロイヤルベビー誕生に沸く英国から、絶好のタイミングで届いた今秋No.1の話題作。チャールズ皇太子と別居して3年が経とうとしていた1995年から ‘97年8月31日の事故死に至るまでの、“ダイアナの最後の約2年間”を描いています。彼女については読者の皆さんのほうが よく御存知と思いますが、公務を終えてケンジントン宮殿へ戻ったダイアナ(敬称略をお許しください)が、質素な夕食を自分で用意し、たったひとりで食事する様子等々を、僕は驚きと同情の入り混じった気持ちで見つめるコトとなりました。
“本当のダイアナ”まで分かったとは 僕は言えない気がしていますが、それでも彼女の行動が心に残った場面は数多くありました。
アンゴラの病院で手足を失った子供の頬を撫で、負傷した人々に温かな声をかけるダイアナ…。地雷廃絶を全世界に訴えるために勇気を振り絞って地雷原を歩き、報道陣のカメラに収まろうとするダイアナ…。たしか イタリアの空港(?)で、彼女を出迎える大勢の一般市民の中に 盲目の老人の姿を発見し、自ら歩み寄って その手を握りしめるダイアナ…。ボスニアでは移動中の車を停め、墓前で涙する 戦死した兵士の母親を抱きしめるダイアナ…。これらの場面には 彼女の全ての人間に対する思いが、自然に再現されていたと思います。
ハスナット・カーンとの恋は、実直な男性である彼が ダイアナを ひとりの女性として見ているがゆえに、必然的に かなり普通のラブストーリーといった感が生じてしまうのですが、それが却って好印象を与えていたようでした。

ダイアナ役のナオミ・ワッツは、肩の力を抜いて、この難しいはずの役を好演しています。試写の終了直後、多くのジャーナリスト達が、「ダイアナに よく似ているところと、似ていないところがあった」という感想を述べあっているのを耳にしました。それは僕も同感でしたが、この映画は“そっくりショー”ではないのですし、全篇にわたって似せて見せるコトを最優先するワケには行かなかったはずです。それでも一ヶ所、「ダイアナらしくない」と僕が感じた部分がありました。それは体の線にフィットしたブルーのドレス姿で 一般人の歓迎を受ける場面の最後辺りで見せた、全身を くねらせるような体の動き。その一瞬、「レッドカーペット上を練り歩く グラマラスなハリウッド女優のようだ」と僕は感じたのです。あのワンショットだけは、“ミステイク”だったのでは ないでしょうか。
それとは別に、いい意味で目を見張らせられた場面があります。それはダイアナがハスナットに会うために、長いダークブラウンのウィッグを被って出掛ける場面で、ハスナットさえもが「どなたですか?」と尋ねる程の変身・変装振り。髪の色と形というモノは、それだけで女性を別人に仕立て上げるだけの絶大な力を備えていると、つくづく感心してしまいました。
作品の意図から離れたコトばかりを記したようですが、皆さんは皆さんの眼と心で観賞し、その感想を友人達etcと話し合ってみるのもいいのでは、と思っています。

 

©2012 Heimatfilm GmbH+Co KG, Amour Fou Luxembourg sarl,MACT Productions SA ,Metro Communicationsltd.
©2012 Heimatfilm GmbH+Co KG, Amour Fou Luxembourg sarl,MACT Productions
SA ,Metro Communicationsltd.

不屈の精神で逆境に立ち向かい、悪とは何か、愛とは何かを問い続けた アーレントの感動の実話。
ハンナ・アーレント』 (ドイツ・ルクセンブルク・フランス合作映画、114分)
10.26 ロードショー。www.cetera.co.jp/h_arendt/

【STORY】  誰からも敬愛される高名な哲学者から一転、世界中から二度と立ち上がれないほどの激しいバッシングを浴びた女性がいる。彼女の名は ハンナ・アーレント、第2次世界大戦中にナチスの強制収容所から脱出し、アメリカへ亡命したドイツ系ユダヤ人だ。
1960年代初頭、物語は ある重大ニュースで幕を開ける。何百万のユダヤ人を収容所へ移送したナチス戦犯 アドルフ・アイヒマンが、逃亡先のアルゼンチンで逮捕されたのだ。ハンナ・アーレントは、イスラエルで開かれた歴史的裁判を傍聴し、ザ・ニューヨーカー誌にレポートを発表、その衝撃的な内容が世界を揺るがす。アーレントが唱えたアイヒマンの“悪の凡庸さ”が 彼を擁護していると曲解され、一部のユダヤ人とナチスの協力関係にも触れたことから、アーレントは家族同然の仲間や 共に学んだ旧友から絶縁され、学生から絶大な人気を得ていた大学教授の座も追われる。さらには誹謗中傷や脅迫の手紙が山のように届き、イスラエル政府からは記事の出版を差し止めるよう警告される――。(プレスブックより)

画面に向かって まっすぐに進んで来たバスが静かに停車し、ひとり下車した初老の男が懐中電灯で足元を照らす。周囲は畑と思われる暗い夜の田舎道。バスは画面左方向へ走り去り、男は同じ方向に ゆっくりと歩き始める。その時、後方から一台の車がやって来て、突然 男を捕え、車の荷台に引き入れる。灯りが点ったまま、道端に転がっている懐中電灯…。この僅か3カット程で示されるファーストシーンが非常に映画的で、観る者を一気に物語へ引き込みます。撮影も音の使い方もカットのタイミングも、完璧な職人の技。

アイヒマン逮捕(あるいは拉致)の場面に始まる本作は、ナチスの大罪そのものではなく、哲学者:ハンナ・アーレント(1906-1976)による『アイヒマンの裁判レポート』が巻き起こした激しい物議・非難の渦と、それに屈するコトなく信念と意志を貫き通したハンナ・アーレントの“思想の本質”に迫った作品です。

この種の映画について語るだけの能力を待ち合わせていないにも拘わらず、僕は観ずにはいられない上、相手を選んでの話ながら、「ぜひ観に行って」と言わずには いられないところがあります。おそらく本作のコアな観客層は、倫理社会学・心理学・歴史学・政治思想学のいずれかor全てに興味を抱いている方々でしょう。ただし、もっと平たく考えると…、他人の考えや言動の本意を理解しようとしないまま 解釈・判断を下し、さらに意図的に その人を非難し卑しめようとする…、または そうした偏見や邪心の類から発せられる言葉を鵜呑みにして、誹謗中傷の側に立つ…、そんな人達を目にしたり、実際に苦い思いを味わってきた方は 決して少なくないはず…。そのため、立場や時代や事態の大きさに差異があったとしても、そうした方々は このアーレントの姿に 胸を打たれるに違いないと僕は思いました。

アーレント役のバルバラ・スコヴァは静かな熱演。チラシに使われている横顔だけを見ると 頑固で偏屈な性格のようにも感じられますが、実際は柔軟性と意志の強さとを併せ持つ ノーマルでチャーミングな中年の女性。その彼女を支える人物達…、夫のハンス、アメリカ人作家で真の友人のメアリー・マッカーシー、そして本物の部下と言いたい秘書のロッテ・ケーラーの存在が、とてもとても良かったです。特にメアリー役のジャネット・マクティア(『アルバート氏の人生』で ヒューバート・ペイジ役を好演。『マリリン・モンロー 瞳の中の秘密』では、マリリンの代弁者のひとりとして登場)が、懇親会のような場で、アーレントを誹謗し 笑いモノにしている浅慮なインテリ達を、怒りを込めながらも冷静な態度と毅然とした言葉で やりこめる場面に 知的な迫力があり、大柄なマクティアの堂々たる姿と共に、忘れ難い印象を残します。

しかし真の見せ場は、ラスト8分間に及ぶ アーレントの全存在をかけた魂のスピーチ…、彼女の最後の授業に目を輝かせる大勢の学生を前にしての、“思考に関するスピーチ”です。僕が記憶できた部分のみを記すのは不適切かも とは思うのですが、忘れてしまわないために、書きとめておくコトにしました。
「思考が もたらすのは知識ではなく、善悪を判断する能力であり、美醜を見分ける力です。」
「危機的な状況に置かれていたとしても、考え抜くことで破滅に至らぬように すべきなのです。」
「私が望むのは、思考を通じて、人間が真の意味で より強くなることです。」

脚本・監督は、マルガレーテ・フォン・トロッタ。1942年ベルリン生まれ、ニュー・ジャーマン・シネマを牽引する 世界的に有名な女性監督です。

最後に、このコラムの不備を補うために、海外評を幾つか御紹介させていただきます。

「“思考”についての静かな激情。映画の質の高さと同じくらい、アーレントの人格に驚嘆させられる。」 (ドイツ、ベルリナー・モルゲン・ポスト紙)

「歴史に刻まれる程の賛否両論を巻き起こしたアーレントの思想に、現代の私達も本作を通じて向き合うことになる。」 (ドイツ、フランクフルター・アルゲマイン紙)

「二度三度と観るべき映画だ。N.Y.へ渡ったアーレントによって記されたことを、ドイツにいる我々は 今なお 繰り返し考える。」 (ドイツ、ヨッカー・フィルム・マガジン誌)

「心奪われるポートレート。私達を導く、知性あふれる素晴らしい映画だ。」 (フランス、ル・フィガロ紙)

「とてつもなく野心的で、勇気あふれる、心揺さぶられる映画。」 (フランス、パリジャン紙)

「エンドクレジットが終わった後も、いつまでも心に響き続ける。」 (アメリカ、ロサンジェルス・タイムズ紙)

「台詞劇にも関わらず、まるでヒーローが立ち向かうアクション映画のようだ。“考えること”とは何かを知るなら、この映画を観ればいい。」 (アメリカ、ニューヨーク・タイムズ紙)

 

 

 

ビューティ エキスパート
大高 博幸1948年生まれ、美容業界歴46年。24歳の時、日本人として初めて、パリコレでメークを担当。『美的』本誌では創刊以来の連載「今月のおすすめ:大高博幸さんが選ぶベストバイ」を執筆。
■大高博幸の美的.com通信 https://www.biteki.com/article_category/ohtaka/

※価格表記に関して:2021年3月31日までの公開記事で特に表記がないものについては税抜き価格、2021年4月1日以降公開の記事は税込み価格です。

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