美的GRAND
親子で美を育てる「biiku」
2022.4.15

【biiku】親にしか子に教えられない最も重要な美とは何か?美容ジャーナリスト・齋藤 薫さん

Oyako美的GRAND biiku(び・い・く)の始動に寄せ、各界で活躍する方々にメッセージをいただきました。イマドキの親なら、誰もが感じる疑問やとまどいに、目からウロコのヒントが満載。『美的GRAND』春号掲載のダイジェスト版に続き、ここに完全版をお届けします。

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情報があふれてもあふれても、親にしか子に教えられない最も重要な美とは何か?

母親は、娘を褒められると嬉しい。娘も、母親を褒められると嬉しい。喧嘩ばかりしている親子ですらそう。遺伝子で深くつながったもの同士、運命共同体のような意識が働くからなのだろう。

とはいえこれは父親であろうが、息子であろうが一緒。しかもフロイトが定義した“エディプスコンプレックス”に従うならば、親子間でも異性に対して特別な思いを抱くとされ、だから息子は母親が褒められると無常の喜びを感じることになる。父親が娘を褒められることに異常に反応するのも、やはり異性だからなのだろう。

そういう親子のジェンダー問題もあるのか、確かに世の中、娘の若さを羨む母親もいれば、母親の美しさに嫉妬する娘もいる。所詮は女同士なのである。

しかし女同士だからこそ、そこに抜き差しならない格別の関係性が生まれるのは確か。娘は生まれた時からミラーリングのように母親の真似をし、母親も女としての夢と課題を娘に託してきた。だからある時期までは、お互いがまるで自分を映し出す鏡のような存在になってくる。実際に、父親似の娘が成人した途端、母親に急に似てきたりするのも、親と娘に課された運命なのだろう。褒められて嬉しいのは、その証。

親友親子ほど若く美しいのはなぜ?

一方で、親子というより親友のようになれるのも、女同士であるが故。そしてどう考えても、親友のような親子ほど、母親は若々しく、娘も美しい。そこには明らかに、美の目覚ましいスパイラルが起きていて、お互いの間をキレイが日々激しく行き来するような現象が生まれるからなのだろう。

娘が小さい頃は、一方通行だった美のミラーリングが、娘が成長するにつれ、今度は母親が娘を見てその美しさを真似るようになり、双方向で美がめぐるから、そのエネルギーは半端ではないのだ。

そういうふうに、活性化が起きている親子は2人して進化し、どんどん美しくなる。

「美しい女友達を持つこと」自体も美容の1つだけれども、女友達も親子となれば、それこそ遺伝子がもたらす共鳴の作用なのか、さらにまた強烈な相互作用が生まれるということ。他のことでは決して置き換えのきかない「Oyako美容」の不思議な力である。

しつけの語源は仕付け糸?

身が美しいと書いて、躾=しつけと読む。しかもその語源は、裁縫の“仕付け”にあるとも言われる。つまり、ちゃんとまっすぐに縫えるように、「あらかじめ目安になる印を残すための縫い取り」。まさに親が印となって正しくなぞらせることを指すのだ。

しかし美容に限らず、親世代もそれが本当に正しいのか、どこか半信半疑だからこそ、教えることで改めて、正解をしっかりと捉まえていくことになるのだろう。教えると身につく。学ぶよりも、身につく……は、本当なのだ。

なぜなら学ぶときは丸暗記、それがなぜなのかゆっくりと理解する時間がない。でも教えるときは、謎を解凍しながら理屈を噛み砕いて教えることになるから、なるほどそういうことだったのかと初めて気がつくことも多いはずなのだ。だから教えながら、親もどんどん成長していく。素敵なことだと思う。

実際に今はびっくりするほど大量な美容情報があふれていて、とりわけティーンの情報網はとてつもない。一体何を教えるの? 一体何を教えてもらえるの? という戸惑いがお互いにあるのだろう。でもそれを振り分けつつ、さらに大切なことを教えたい。

アムロに有ってアムラーに無かったもの

例えばこんなこと。以前、美しさってなんだろう? 美しい人って何が違うのだろう? 何か、表層しかみていない気がして、もっとその本質にあるものを知りたいと、深く考えてみたことがある。その時、ふと頭に浮かんだのが当時大ブレイクしていた、安室奈美恵とアムラーの違いだった。

つまり、アムロちゃんに有って、アムラーに無いものを探してみたのだ。で、それこそが清潔感。もちろんアムラーも様々でピュアな印象のアムラーもいたけれど、設えが設え、ロングの茶髪に日焼け肌、ウルトラミニに厚底ブーツ、これで清潔感を作るのは難しい。

でもアムロちゃんは、髪の1本1本、肌のキメの一つ一つ、そして全身の隅々まで、愛らしくも清潔感に満ちていた。40代で引退するまで、彼女は清潔感をずっと持ち続けていた。何を着ても何をしても。それが彼女を唯一無二の存在にしたのだと思う。

そういう違いを解き、丁寧に導くのは母親しかいない気がした。どんなファッションが流行ろうと、清らかさや気品、知的な印象を失わないこと、他者から見て心地よいこと、さらに言えば、美しく生きるべき理由、持つべき社会性まで。それはいかに情報を追い求めてもクリアできない、それこそ母親の躾でしか教えられないものなのだ。素顔から、服を着る前から、本当の美しさ、その本質へと導いていけるのは、母親の仕付け糸だけなのである。

だから今、あえてのOyako美容。美の過渡期、今こそやらなければいけない気がする。

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美容ジャーナリスト/エッセイスト
齋藤薫
女性誌編集者を経て独立。女性誌において多数の連載エッセイを持つ他、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザーなど幅広く活躍。『大人の女よ! 清潔感を纏いなさい』(集英社文庫)、『美人だけが知っている100の秘密』(角川春樹事務所)他、『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)など著書多数。

※価格表記に関して:2021年3月31日までの公開記事で特に表記がないものについては税抜き価格、2021年4月1日以降公開の記事は税込み価格です。

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