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2021.4.21

俳優 松重豊さん「2020年は“転機”以外の何ものでもなかった」|名バイプレイヤーに訪れた転機とは?

人生に何度か訪れるターニングポイント。意図していても、意図していなくてもその時はやってくるものです。美容はもとより、仕事、恋愛、お金、人生など、『美的』読者はまさにその世代。タイミングが来た時に一歩踏み出せるように準備をしておきたいものですね。ものの見方を広く持った人に話を伺ってみました。今回は俳優の松重豊さん。ぜひチェックしてみてください。

俳優 松重豊さんの「転機」の話。

俳優

松重豊さん

まつしげ・ゆたか/1963年、福岡県生まれ。蜷川スタジオを経て、映画、ドラマ、舞台と幅広く活躍。映画『しゃべれども しゃべれども』(’07年)で第62回毎日映画コンクール助演男優賞を受賞。ドラマ『孤独のグルメ』(テレビ東京/’12年)・映画『ヒキタさん!ご懐妊ですよ』でそれぞれ初主演。初の著書『空洞のなかみ』(毎日新聞出版)が好評発売中。

初期化の人生を歩み続けた俳優・松重 豊の転機ヒストリー

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自分史的な人生を語る上で、その文脈中に起承転結の「転」に当たる部分はどこかと問われたとする。しかしまだ書き終わってない時点で「転」だと思っていた事柄もまだ「承」の一部かも知れないし、あるいは「起」にも達していないことだってある。いまわの際にもし意識があれば、ああ、あの件が俺の転機だったのだと確信することも出来よう。しかしそれではこの原稿の締め切りには間に合いそうもないので、私の転機は『孤独のグルメ』に出演したことですと、安易に読者に迎合したようなエッセイにしたところで誠意の欠片も感じられない。

「転機」ねぇ。ひとりっ子でしかも転校を繰り返していた私にとって幼なじみと呼べるような友人はいない。家の電話も各家庭に備わっているとは限らなかった当時、連絡先を誰かに託して転校先でも通じ合うというようなコミュニケーションは不可能に近かった。つまり転校は、以前通っていた学校での自分という全てをチャラにできるのだ。どういう事かというと、評価や評判を、勿論悪評も含めて上書きすることなく、初期化した状態で新しいハードウエアにインストール出来るといったらわかりやすいか。つまり私は転校の度に「転機」を迎えていたのだ。
 
先の学校で、クラスの中の笑いをとるキャラクターとしてそれなりの評価を得たとする。しかしそれはそれで教師の評判は悪く通知表にその旨記される。次の転校先では教師の受けを優先させてみようと思い、それを実践すると確かに先生受けが良いので是非にと学級委員に推されるのだが、クラスの過半数の支持を得られず落選する。これら好感度の魔力に人生を狂わされようとしたので、次の転校先では一気に不良と付き合ってみた。しかし彼らは意外と集団依存が強く、長くその組織に与すると凄く疲弊することに気付いた。次の転機では「勉強」に向かってみたが、これは非常にライバルが多く、自身の脳では太刀打ち出来ない壁を感じて断念した。このように転校するたびに転機を迎えていた私はその都度新たな挫折感を味わい、次第に大人となっていったのである。
 
大人となった私が選んだ職業は俳優で、これはまた「転機」の連続なのである。戦場で生死を彷徨う人生から、他人の命を救う為の人生、果ては猫の家政婦になるという人生まで。これまで「転機」と呼べるものは台本の数だけあると言っても過言ではない。

「転機」のエキスパートとも呼ばれる私にとって、2020年は「転機」以外の何ものでもなかった。「転機」となる台本が全て延期となり中止となり、俳優の転がる先を失ってしまったのだ。弱った。ジタバタした。待てよこの挫折感、何度も味わってきたぞと記憶が蘇る。今のこの状況でもただでは転ばぬぞと喘いでみた。自分史的な人生の中で去年は、いや万人にとっても「転」であることは間違いない。これを「好機」と捉えることが出来たのか、いまわの際でもう一度取材に来てもらえませんか?

『美的』2021年5月号掲載
イラスト/市村 譲 構成/野村サチコ、宮田典子(HATSU)

※価格表記に関して:2021年3月31日までの公開記事で特に表記がないものについては税抜き価格、2021年4月1日以降公開の記事は税込み価格です。

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