Citrus in Taipei 台北で纏うシトラスの香り|石坂翔「旅するフレグランスノート」vol.1

都市には都市の香りがあり、海には海の香りがある。僕は旅をするとき、必ずその土地の空気に合わせて香りを選ぶようにしている。
「本当に洗練された服は、人より先に景色と調和する」
これは僕が昔から大切にしている感覚だ。ファッションだけではなく、香りもまた同じだと思う。自分を主張するためだけではなく、その土地の湿度、光、風、文化と自然に馴染んでいくことで、香りは初めて美しく機能する。
今回訪れた台湾でも、その感覚を改めて強く感じた。まず降り立ったのは台北。エネルギッシュで、少し湿度を含んだ都会の空気。バイクの音、夜市の熱気、古い建築と新しいカルチャーが混ざり合う独特の都市だ。そんな台北では、不思議とシトラス系の香りがよく似合う。台北の街を歩き、夜のネオンへ繰り出すには、軽やかなシトラスの香りがちょうどいい。爽やかな香りが、街のスピード感と絶妙に調和するのだ。

頭城の市街には牧歌的な街並みが続く。台北の中心から外れると昭和の日本の街並みが残るのも台湾の魅力だ。
「シトラスの香りは。太陽の記憶を纏う」
僕はそう思っている。柑橘の香りには、不思議とその土地の光を際立たせる力がある。
夕暮れの台北。ネオンが灯り始めた街角を歩いていると、湿度を含んだ夜風の中で、肌に乗せたベルガモットがふわりと立ち上がった。排気ガスや屋台の匂いさえも、どこかこの街の香りとして溶け合っていく。あの瞬間、自分自身が台北という風景の一部になったような感覚があった。
ホテルにチェックインし、荷物を整理したらまず、香水を取り出す。ベッドや空間に少し香りを纏わせると、旅先のホテルが自分だけの居場所へと変わっていく。そして出かける前にしっかりと香りを纏えば、旅を楽しむムードが一気に高まる。これは旅の密かな楽しみのひとつだと思う。

台湾では至る所にフルーツジュースのお店がある。実はこのフルーツジュース屋さんからは多くのフレグランスのアイディアをもらっている。
台北に一泊したあと、台湾東部の台東へ向かった。台北を出発し、海岸線沿いを南へ走るにつれて、街の輪郭は少しずつ静かになっていく。山と太平洋に挟まれた道には、時折ローカルな食堂や古い町が現れ、台湾の素朴な表情が垣間見える。長いドライブの終わりに辿り着いた台東には、“急がなくていい時間”が確かに流れていた。
台東は、台湾の中でもまだまだマイナーなエリアだが、サーファーの間では良質な波と穏やかな空気感で知られている。僕が初めて台東を訪れたのは2025年の秋。まだ見ぬ波を求めてだった。南国を思わせる風景と、どこかメローな空気。そして、肩の力を抜いて楽しめる極上のファンウェーブに、僕は一瞬で恋に落ちた。

台湾の気候は沖縄に非常に似ている。一年を通して温暖な気候はマリンスポーツに最適だ。
朝からサーフボードを積んだ車が走り、海沿いにはどこか自由な空気が漂っている。台東の海には、都会にはない静かな迫力があった。
そんな場所では、甘く重たい香りよりも、透明感のあるシトラスやフルーティな香りが心地いい。今回、台東には台北で使っていたものより、少しだけ甘さを感じるシトラスフルーティの香りを持っていった。強い日差しと潮風には、そのくらい開放感のある香りがよく似合う。
サーフィンを終え、濡れた髪のまま海沿いを歩いていたときだった。夕陽に照らされた水平線から潮風が吹き抜けるたび、肌に残ったシトラスの香りが静かに揺れる。その瞬間、風景と香りの境界が消えていくような、不思議な感覚に包まれた。旅の記憶とは、案外こういう曖昧な感覚の中に残っていくのかもしれない。
旅先で香りを変える。それは単なる気分転換ではなく、その土地の風景に自分を溶け込ませていく行為なのかもしれない。香りは記憶と結びつく。だからこそ、後になって同じ香りを纏うと、その土地の光や風、そこで流れていた時間までも静かに蘇るのだ。
このコラムを書いている傍らには、台東で共に過ごした香りのディフューザーを置いている。ふと香りが漂うたびに、あの心地よい潮風と、ゆっくり流れていた時間を思い出す。
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