女っぽさとかっこよさを見事に同居させた、中森明菜の遠心顔メイク【天野佳代子「老けない生活」vol.9】
80年代、歌姫として歌謡界に君臨した中森明菜さん。新曲をリリースする度に衣装やヘアスタイルが話題になりましたが、それらはすべて自身のアイディアによるもの。天才的な自己プロデュース力を発揮していた彼女の、あの特徴的な“遠心顔メイク”さえも自分で考案したものだったのです。【天野佳代子「老けない生活」vol.9】
自分の美は自分で作った、明菜の自己プロデュース力
昨年、中森明菜さんがTwitterで再始動を発表、新事務所設立、新たにファンクラブ発足など、活動に向けて準備を進めているというニュースがネットを賑わせました。紅白歌合戦に出場するのか? なんてマスコミ各社が記事を配信していましたが、それは不発に終わり、あれから明菜さん関連のニュースを見ることはなくなりました。近しい関係者によると、再始動へ向けて着々と準備をしているのは確かで、彼女の歌声を聴ける日がやってくることに間違いはなさそうです。
それがいつになるかはまだわからないけれど、私たちの目の前に現れる明菜さんは、いったいどんな大人になっているのでしょうか。あの透きとおった肌はきっとそのまま。フワフワと柔らかな髪もきっとそのまま。そして、彼女のあのメイクもきっとそのままなのだと想像できます。明菜さんは若いときからメイクを変えない人だったから。
前回、松田聖子さんのメイクについて書かせていただきました。聖子さんは早い時期から嶋田ちあきさんというメイクアップアーティストによって、様々なメイク法を実践されていました。ときに太眉にしたり、アイライナーを強く入れたり、リップを強調したりと、時代に寄り添った顔をメイクで作ってこられた方です。その対極にいたのがまさに明菜さんで、彼女のメイク法はずっと変わらなかった。
新曲の衣装によって、アイライナーの太さやアイシャドウ、リップカラーの色を変えてはいたものの、明菜メイクの基本は眉尻や目尻にポイントを置いた遠心顔メイク。眉頭は色を足さず素眉の状態で、眉尻に向かうごとにアイブロウペンシルで長さや太さを強調。アイメイクは目尻のみ長めのアイライナーを入れる、いわゆる切れ長アイ。これら眉尻と目尻を強調させたメイク法によって、目元が外側に広がった遠心顔を形成していました。
ちなみに遠心顔で思い浮かぶのは山口百恵さん。明菜さんが遠心顔メイクをするきっかけは、明菜さんが崇拝していた百恵さんの顔にあやかりたかったのかな…、なんてこれは私の勝手な想像。
ともすると遠心顔メイクは顔の横幅が強調され、メリハリのない平坦な顔に見えるのですが、明菜さんはもともと鼻筋が通った美骨格の持ち主だったので、平坦顔に見えることもなく、バランスのよい顔立ちに仕上げておられました。
遠心顔は親しみやすい顔とも言われます。顕著な例は乳幼児。目が離れているゆえに柔和さが生まれ、人に安心感を与えます。明菜さんの遠心顔メイクもその効果があって、優しくたおやかな印象を与えていたと思います。一方、アップテンポ曲の歌唱時にはカメラをキッとにらみつけることも多々あって、目尻長めに引かれたアイライナーによってまなざしは強さを増し、妖艶さにかっこよさが相まっていました。もし明菜さんがこのとき、顔の中央を強調させる求心顔メイクを施していたら、顔全体に力が入った怖いだけの顔になっていて、女っぽさは薄れていたはずです。どんな楽曲であってもいつもたおやかさを失わずにいられたのは、「明菜オリジナル遠心顔メイク」の賜物だったと思います。
ただ、年齢を重ねるにつれ、かつ歌の表現力が増すにつれ、遠心顔メイクがはかない顔に写ることもありました。『難破船』を歌っていたときの明菜さんを見ていて、歌唱力に圧倒されながらも、彼女のことが心配になったのは私だけではないでしょう。そう思わせる程、『難破船』の歌唱が迫真に迫っていたとも言えますが、遠心顔メイクによる薄幸感が際立ってしまい、多くのファンは不安な気持ちを抱いたと思います。ちょうどプライベートで気になるニュースが報道されていた頃だったから、尚更でした。次の新曲ではそろそろメイクを変えて、幸せそうな明菜さんを見たいとも思ったものですが、それはないことも知っていました。冒頭にも書いたとおり、彼女は“自分メイク”を変えない人だったから。
再始動の際は、自然な大人の魅力を期待したい
何百回も繰り返し見た天野の私物DVD「中森明菜IN夜のヒットスタジオ」のパッケージとブックレットの写真より
聖子さんのように、明菜さんにもメイクアップアーティストがつくことはあったそうです。でも、アイラインだけは自分で引く、仕上がったヘアスタイルも最後は自分流に手を加えるなど、完全に人任せにすることは皆無という話しは、テレビ局などの現場でよく耳にしていました。
中森明菜自身が、中森明菜としての明確なビジョンをもっていて、進化を繰り返しながらもあるべき姿から外れることなく、中森明菜像を作り上げていたのです。それは楽曲選定から、衣装、ヘアメイクに至るまで…。
明菜さんの自己プロデュース力によって完成された“中森明菜”に私たちは深く魅了されていたわけで、新曲をリリースする度、期待を裏切らない彼女の姿に熱狂し、明菜さんとファンの絆はさらに強固になっていたのだと思います。このように、「変わらないこと」を貫き通したアーティストという点では、山口百恵さんに通じるところがあったと思います。
リリースする楽曲が常にオリコンの上位にランキングされていたあの頃の明菜さんの姿は鮮明で、一線から離れて10年以上たつ現在の彼女を想像することはなかなか難しいですが、例え加齢が容姿に表れていたとしても、確固たる自己をもっている彼女のことだから、無理な若作りはしていないはず。きっと、内から湧き出る自然な美しさで、また我々を魅了してくれると思います。
彼女に望むとしたら、年齢を重ねて身についた人生の奥深さを、歌声で表現していただくこと。そしてもうひとつ。今の顔に合わせた遠心顔メイクを施して、優しい笑顔で登場していただくこと。全国の熱烈ファンの思いを代弁しつつ、明菜さんの幸せな再始動を心から待っています。
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