齋藤薫の馨る女 EX
2020.1.25

メイクの神様が降りて来る人、来ない人【齋藤 薫さん連載 最終回】

ベストコスメ大特集号の今号、メイク、そしてスキンケアがもたらしてくれることへの薫さんの考察を伺いました。長年、お楽しみ頂きましたこちらの連載もこの号で最終回となります。みなさまのご愛読、本当にありがとうございました。

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メイクの神様が降りてくるようなメイクを毎日続けると、メイクは顔立ちまで美しく整えてくれるって本当だろうか?

朝、出社した時は、随分と機嫌が悪いのに、午前中のうちに次第にこわばった表情が和らいで、機嫌が戻っていく人、周囲にいないだろうか。そして午後は上機嫌になるような……。これはある意味、人間の生理のひとつだとさえ言われるほど、朝はどうしても心が開かない。閉ざされた心のまま出社、でも人々の温もりを感じ、同僚たちの会話を聞くにつれ、だんだん心が開かれていく、これは性格の善し悪しとは関係なく、多くの人に共通する心の仕組みなのである。実は私自身も、と気づいたかもしれない。

一方、こんな人もいるはず。朝すっぴんで出社してきた時はものすごく機嫌が悪いが、化粧室に行ってメイクをしてくると急に表情が和らぎ、明らかに機嫌が良くなっているという人が。事実、メイクをしていないと、女は総じて機嫌が悪くなる。ぼんやり暗い下向きの印象と、それに対する後ろめたさが無意識に顔だけ不機嫌にするのだ。それがメイクをすると、顔に光が差し込み、上向きのベクトルが生まれ、頬も口角も上向くから、機嫌が良く見える。いや、ただそう見えるだけではなく、メイクによって知らず知らず心の向きが変わるせい。だから不機嫌なすっぴんを世の中にさらさないよう、出社前にメイクをするのは、やっぱり人生のかかった女の身だしなみ。朝は、朝と言うだけで心が閉じているから、すっぴんとWでマイナスイメージを作ってしまいがち。くれぐれも気をつけたい。

そういうメイクの見えない効果、あなたは気がついていただろうか。毎日のことだけに、麻痺してしまいがちだが、メイクにはそうやって心を開き、上向きにする効果、毎日心を整え、きちんと社会に向き合う顔を作り出す効果が備わっているのだ。それを忘れた“なおざりメイク”は、明らかに人をキレイにしない。それだけは肝に銘じておくこと。

ましてや、すっぴんメイクと称して、単に“素顔と大差ない仕上がり”で満足し、心を変えるメイク効果のスイッチそのものが入らず、印象も存在感も薄いぼんやりした顔で生きてしまう人が少なくないのだ。メイクしたつもりでも、スイッチが入らないメイクでは全く意味がない。口紅のひとさしだけで、毎日会う人をも毎日どきっとさせるような力がメイクにはあるのに。そのスイッチこそが、メイクの神様が降りてきた証なのだ。

そう、メイクの神様はいるのかと言われたら、100%いると答えたい。自分自身がはっとするほど見違えるのは、メイクの神様が味方をした現象に他ならない。言うまでもなく紀元前から続くメイク。女性たちの思いをこれほど深く熱く託されてきた行為は無いわけで、単に塗って落とすだけの彩りに終わるわけはない。そこにはすでに特別な力が備わっていて、だから単なるキレイ以上の効果を生むのだ。

時には、人生を変えるほどの。メイクで認知症が治る話も嘘ではないほど、それは人を覚醒させる。怒りに満ちた人の心を優しく穏やかにしたり、嫉妬深くなった人に、大丈夫あなたは美しいと自信を持たせたり、生きる希望を失っている人に、逆に生きていることの素晴らしさを教えたり、鏡の中の自分の変化は、ほんの一瞬で生き方さえ変えるのだ。

それどころかメイクは顔立ちを変える。10代後半まで明らかに瓜二つだった双子の女性、片や毎日しっかりメイクをし、片や、メイクをしない主義。やがてふたりの顔立ちは双子と思えない位に変わったという。顔立ちは、生き方とともに変わっていくが、それ以前に、顔立ちは記憶の集積だといわれる。つまり毎日鏡で見ている自分の顔の記憶が、筋肉に伝わり翌日の顔立ちを作っていく。だから何ヶ月も鏡を見ないと、なんだか顔全体がたるみ、顔立ちの印象が変わると言われるのだ。メイクも同じ。メイクで毎日美しい顔を作っていれば、次第にその仕上がりの記憶が顔立ちを作っても少しもおかしくない。そう考えると、私たちはメイクを軽んじすぎた。実はもっともっと重大な役割を担っているのに。メイクの神様を侮ってはいけないのである。

スキンケアも、祈るようにお手入れすると、女はとんでもなくキレイになれる?女にとってスキンケアは自分を整える為のもの

以前、街でかつての同級生と出会って、彼女が息を呑むほど若く美しかったことにとても驚き、少々ショックを覚えたことがある。同い年なのになぜこうも違うのと。無性にその原因を知りたくなって、その日の夜、夢中になってスキンケアをした。いやいつもどれだけ適当にやっつけていたか思い知らされるほど。
 
するとどうだろう、逆にびっくりするほどお手入れが効き、ちょっと別人の肌になっていた。30代後半、まだ十分に戻れる年齢だったのだ。不思議なもので肌が若返ると顔立ちまで変わる。無意識に、肌の進化に顔立ちが合わせようとするのか、眠っていた細胞が目覚める感覚。まさに何かのスイッチが入ったよう。本気を出すとこんなにも違うのだという事実に、改めてスキンケアの威力を見せつけられたもの。逆に言えば、日頃いかにスイッチが入らない、まるで吸い込まない掃除機で掃除をするようなスキンケアを続けていたのか。以降はスキンケアに対して真摯な思いで取り組んだ。もっといいことが起こりそうな気がしたから。

つまり、スキンケアにも神様がいる。例えば、手を12回すり合わせその手のひらで肌を覆うだけで、肌がポッと温かくなり、ハリとツヤが生まれたりする。それは、人の手を使ったお手入れに“手当て”の意味が込められているからに他ならない。12回さするのは、手のエネルギーを引き出すちょっと霊的な行為。この時、手の指先に目があってそれで肌の中を覗き込むつもりで手当てすると、本当に肌の細胞が活性化するという。本来が化粧品なしでも、お手入れはできるのだと知ると、逆に日々のスキンケアの精度も濃度もがぜん増してくるはずなのだ。

昔、充分な化粧品がなかった頃、女性たちはどうお手入れをしていたかという取材をしたとき、「スキンケアは祈るように行うと、女性はとんでもなく美しくなる」と言った人がいた。すでに年齢は70代、でも本当にピカピカの肌をして、しかも顔立ちもピンと引き締まって美しい。時代が時代、プチ整形も何もないのに、その年齢には思えないほど若々しく美しかったのだ。

祈るようにスキンケアする……まさしく、手のひらに少量のクリームをとって温めるように重ねあわせ、それこそ祈るように目を閉じて、肌の隅々までを手のひらで覆い、肌が温かくなるまで祈り続けるというのだ。最初は、美しくなれますよう。清らかな存在になれますよう、と唱えてもいいが、やがて心を無にして祈ることができるようになると。当時はあまりピンとこなかったが、今はハッキリとわかる。じつはそういう心を無にする心の込め方こそが、重要なのだ。

肌も生き物。花に話しかけるとより良く咲くように、肌の命に語りかけるようにお手入れすると、ちゃんと応えてくれる。肌をモノとして取り扱う人の何倍もキレイになれるのは確かなのだ。

毎朝そそくさバタバタと、スキンケアを終わらせる人に聞いてほしい。肌のお手入れをもっと神聖なものと捉え、むしろ心を整えるために使うと、明らかにその日一日が変わる。心がなんだか透明になって、人に優しくできたりする。丁寧に肌に触れることは、自分自身を慈しむこと。意識して自らを慈しむうちに、肌にも顔立ちにも何というか“神々しさ”のようなものが宿ってくるのだ。最も尊い美しさと言ってもいい神々しさが。

私たちはついつい、肌一枚の表面的な美しさに一喜一憂してしまうが、本当に大切なのは、美しい景色のように、心まで動かされる美しさ。神々しさこそその最上級のものだと言っていい。それが、日々のスキンケアでできるなら、やらなければ損である。

かくして、祈るように心を込めてお手入れすることによって、人生さえ変えることができるのだと知って欲しい。スキンケアはただ肌を潤すものではない。女にとっては祈り。女にとっては日々の心の修練。心穏やかに、目を閉じて、肌を手のひらで覆う。毎日、心を無にしてやってみてほしい。自分が整い、だから間違いなく人生まで、整う。

美容ジャーナリスト/エッセイスト
齋藤薫
女性誌編集者を経て独立。女性誌において多数の連載エッセイを持つ他、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会理事など幅広く活躍。『Yahoo!ニュース「個人」』でコラムを執筆中。新刊『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)他、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)、『The コンプレッ クス 幸せもキレイも欲しい21人の女』(中公文庫)など多数。

『美的』2020年2月号掲載
文/齋藤 薫 イラスト/緒方 環

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