動的平衡に学ぶプログレスケアという希望|齋藤 薫インタビュー with 福岡伸一×村瀬大樹
ʼ25年12月発売の『美的GRAND』冬号では、福岡伸一さんと村瀬大樹さんに対談いただいた。第2弾となる今回は、美容ジャーナリスト・齋藤 薫さんが両氏をインタビュー。大人の美の本質と可能性に迫る。

花王 スキンケア研究所 上席主任研究員・ グループリーダー、博士(農学)
村瀬大樹さん
1978年、兵庫県生まれ。名古屋大学卒及び同大学院博士課程(前期)終了。花王だけでなくカネボウ化粧品ブランドの研究も担当。
【1】まず知りたい。「本当に美しい人」とは?

「自然を愛する人」(福岡氏)
「人々に安心感を与え希望を灯せる人」(村瀬氏)
科学者でありながらフェルメール研究家としても知られ、芸術文化に深い造詣をもつ福岡先生と、皮膚科学を広い視野から見つめ続け、スキンケア研究のリーダーでもある村瀬研究員、それぞれにご自身にとって「美しい人とは誰か?」を聞いた。その答えは、あまりにも鮮明に“美の知られざる本質”を突くものであり、またエイジングケアの新提言としてもハッとさせられるものだった。
福岡「それは自然を愛する人。美しさの起源は生命にとっての必然です。みずみずしさが美しく感じられるのも、水が命を支えてくれているから。生命進化の過程では生きるために必要なことが美しく見えたはずで、それが今も私たちの美意識の基礎にあります。つまり、美しさが自然の原理に適っているのを理解できている人が美しい。逆に、自然に逆らって若さを求めようとする人は、不自然=美しくない、ということ」
村瀬「私が美しいと感じる人は、人々に安心感を与え、希望を灯せる人です。それは単に、穏やかで前向きな人ということではありません。生命や物事は有限だと知っているから、今の自分や目の前の人をありのままに受け止めることができる。儚さや脆さを知っているからこそ、限られた時間や人とのつながりを、かけがえのないものとして慈しむことができる。だから相手に“このままで大丈夫”という安心感を与え、“それでも未来には意味がある”との希望を灯せる存在こそが美しいのだと感じます。つまり私にとっての美しさは、審美的なものではなく、永遠ではない世界だからこそ、その世界を肯定し、その中に希望を見いだそうとする生き方に美しさを感じるのです」
【2】だから「人は老いるのではなく成長する」

「形あるものは形が崩れる必然、そこに抗う力が動的平衡です」(福岡氏)
「だから、加齢は劣化ではありません。成長と成熟を絶え間なく繰り返します」(村瀬氏)
「加齢=老化」ではないことを提言した『美的GRAND』2025年冬号。「細胞は古くなったから入れ替わるのではなく、日々どんどん壊され、常に入れ替わっています。昨日と今日でも変化している。1年経てば別人といってもいいほどに」。動的平衡の提唱者、生物学者の福岡伸一氏の教えにより、命はただ一直線に生を消費していくものじゃなく、一瞬も休まずに更新され続けるのを私たちは知った。KANEBOスキンケア研究所の主席研究員、村瀬大樹氏も「加齢は劣化ではありません。成長と成熟を絶え間なく繰り返し、生涯健やかでいられるのが生命の凄いところ」と訴え、それが「人は老いるのではない、成長するのだ」との力強いメッセージに昇華した。この言葉に、私たちがどれだけ励まされたか! それを知る前と知った後では、違う未来が待っている気さえするほど、私たちの意識は変わった。ちなみにこの次元の違う「動的平衡に共鳴するスキンケア=“動的平衡ビューティ”」は、従来のエイジングケアを超え、「プログレスケア=前進し続けるケア」として提唱されている。
そこで今回2度目となる対談で“動的平衡ビューティ”をさらに掘り下げ、そのゴールを探るためにこそ「美しい人とは?」という質問を投げかけたわけだが、冒頭のお二人の言葉にまず心を寄せてみて欲しい。福岡氏は「自然を愛する人」。村瀬氏は「人々に安心感を与え、希望を灯せる人」。表現は違うが、どちらも「動的平衡」という不変の生命観に通じる、尊い美しさと言えるのではないか。劇的な若さを求めたり、審美的なものに左右されるのではない、人の美も自然の摂理に適っていることを理解し、だから今のままで大丈夫と言う安心感で相手を包み込める美の境地へ。「老化を止める」のではなく「生まれ変わる力」を支えることで、私たちもそうした生命美のゴールを目指してみたいのだ。
「そして大前提として知っておきたいのは、形あるものは形が崩れ、熱のあるものは熱が冷める、“エントロピー増大の法則”というもの。放っておけば部屋は必ず散らかるように……。でも生命にはそれを自ら一生懸命掃除する機能があり、掃除どころか部屋のあらゆるものを壊しては新たに作る力があります」。福岡先生が説く“動的平衡”のこの仕組みにこそ最大の鍵があるプログレスケアの提案に今こそ、身を委ねてほしいのだ。
【3】僅か5日間で!?ヒアルロン酸の動的平衡という衝撃
「ヒアルロン酸は、生命活動において、水を生み、水で流す非常に重要な媒体であると言えます」(村瀬氏)
「肌内“動的平衡”の象徴、ヒアルロン酸へのケアを、大きく前進させることができました」(福岡氏)

さて“動的平衡ビューティ”の核として改めてクローズアップされているのが、潤いの源ヒアルロン酸。
村瀬「色々なものを壊して新しくなる象徴的な物質がヒアルロン酸だと言えます。なぜならその分解と合成は僅か5日間という物凄いスピードで繰り返されており、ヒアルロン酸が肌の中を流れている状態は、例えば風通しの良い家のようなもの。しかもヒアルロン酸が抱える水に乗って、様々な成分が運ばれ、また排出されていくという流れがあることも分かりました。つまり肌の中の動的平衡の仕組み自体を大きくサポートしてくれるのもヒアルロン酸であるということ。従ってそれは注入する物質的なものではなく、あくまで肌の中で自ら作り出す力をサポートしたい。積極的に壊し、新しいものを常に供給し続ける、そのバランスが大切で、生きているということなのだと言えます」
福岡「ヒアルロン酸は酸、酸の周りを水の分子が取り囲むから、水に溶けるということ。そして私たちの体の中では、あらゆるものが水に溶けていないと生命現象が起こりません。例えば、エントロピー増大の結果、生まれる老廃物や酸化物などはどうやって捨てるのかと言うと、全部水に溶かして捨てています。つまり水の流れも必要なのです。そしてヒアルロン酸はあらゆる生体物質の中で恐らく最も水を呼び込む力が高い。1gのヒアルロン酸が6ℓくらいの水を保持し、みずみずしい環境を作り出してくれています。だからこそ生命活動において、水を生み、水で流す非常に重要な媒体であると言えるのです」
村瀬「そこで重要なのはヒアルロン酸の分解と合成のバランスをいかに整えるか、なんですね。部位によっても、また真皮と表皮でも仕組みも違うので、それをミクロレベルで理解しながら、分解と合成をコントロールする技術を20年以上研究してきて、今回トータルで肌がどう変わっていくかというところまでの答え合わせができたのかなと。もちろんある一因だけ動かせば結果が大きく変わるわけではなく、やはり全体のバランスをいかにデザインするかではありますが、ヒアルロン酸の活用において大きく前進したというふうに考えています」
福岡「実は、生命の戸籍謄本のように思われているDNAもまた凄い速度で分解され、作り替えられている。そのとき、元の情報が消えないための働きも含め、DNAも動的平衡のさなかにあると言えますが、ただこの場合もDNAだけじゃなく全体の仕組みを捉えつつ、取り巻く環境を整えることでDNAが正しく機能するよう応援することはできるはずなのです」
【4】美は1日にしてならず、日々成長こそが「経年美化」
「変わらないためにこそ変わり続けている、例えば“老舗”も動的平衡で生き続けています」(福岡氏)
「日々の積み重ねや継続に結果がついてくる、日本の“武道”や“経年美化”の哲学が私は好きです」(村瀬氏)
福岡「老化は敗北でない。なぜなら生まれた瞬間から老化は始まりますが、それに対し常に抗い、新しい状態を作り出すのが細胞であり、動的平衡。変わらないためにこそ変わり続けているんです。それは川の流れや滝などにも例えられますが、日本最古の建造物である法隆寺も、1000年前の建設当時の木材はほとんど残っていないにも関わらず、同じ佇いで存在し続けている。それは日々雨風に負けないよう非常にミクロなレベルで壊しながら新しくなり続け、まさに動的平衡しながら1つの生命体のように生き続けているからなのです。この考えは、“老舗”にもつながる。その時代の様々な変化に応じてどんどん自らを作り替えていて、伝統という長い時間の試練を経ながらも、変わらないために変わり続けているんです。激変しないため、生き延びるために」
村瀬「フレッシュだからいいという軸もあるはずですが、生命が生きていく中で、環境に対するしなやかさであったり優しさであったり、それはエイジングする中で重ねられていく経験値。肌もより肌らしくなるといいますか、その人の人格ともシンクロして値打ちが増すものだと思うのです。そういう意味で『経年美化』という言葉の背景にある哲学が私はすごく好きですね。弓道など“道”とつく日本的なものは、日々の積み重ねと継続に結果がついてくるという考え方、スキンケアも同じだと思うのです。昨今の不老長寿への潮流も人類の夢として見過ごせないし、チャレンジはしていきたいけれど、欧米的な結果主義とは違う、Jビューティの文脈は日々の作法のように続けていく習慣がいかに健全であるか恒常的であるか、そこが何か動的平衡のシステムとすごくフィットするように思います」
福岡「“エントロピー増大の法則”が宇宙の大原則であり、“不老不死”はあり得ないわけですが、そこに一生懸命抗い、下り坂を生涯上っていく力が生命にはあって、一生でも上り続けます。ただ上る速度は年齢と共にだんだん衰えていき、最終的にエントロピーに負けることがすなわち死を意味しますが、でも生命は有限であるからこそ輝けるのです」
村瀬「上向きの力を備えることによって、日々のプレッシャーを乗り越えることもできる。今日は肌の調子が良いと感じたら、その背景には動的平衡の仕組みが回復へと導いてくれているサポートがあり、化粧品でそこを応援できればと考えています」
森羅万象、エントロピー増大の法則に従わなければならない中、生物だけが下り坂を上っていく力を託された。しかし一気に引き上げてもらうのではない、生涯自らが日々少しずつ上向きの生き方をしていくこと、それが自然の摂理に従って自分の命を輝かせていく、唯一無二の方法。日々成長することなのである。



※価格表記に関して:2021年3月31日までの公開記事で特に表記がないものについては税抜き価格、2021年4月1日以降公開の記事は税込み価格です。
1959年、東京都生まれ。京都大学卒及び同大学院博士課程修了。現在は青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員教授。