岡本さん「やっとすべてのことが肌になじんできた感覚がある」|岡本多緒さん表紙スペシャルインタビュー
岡本多緒さんは日本人初のカンヌ最優秀女優賞を受賞。迷いながらも決断してきたことが40代で光となった。出産を間近に控えたこの日の撮影は、穏やかな空気に満ちていた。積み重ねた時間は、確実に希望となる。
岡本多緒 A New Chapter Begins


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「人生を変える1本」。主演映画『急に具合が悪くなる』を、岡本多緒さんはそう語った。カンヌ国際映画祭で、日本人として初めて最優秀女優賞を受賞。世界でもひと握りの俳優しか手にできない賞を受賞したこと、積み重ねた日々が40代で美しく実を結んだことに、希望を感じた。
「受賞は、改めて濱口(竜介)監督の唯一無二のクリエイティビティ、作品とチームにかける愛、そしてスタッフ、キャスト全員の思いがあったからだと感じ、込み上げてくるものがありました。多くの方に『大切な作品になった』と言っていただけて、これ以上の役者冥利はないくらい、私の人生にとって、とても意味のある作品になりました」
心にずっと余韻を残す映画だった。パリを舞台に、多緒さん演じるがん患者の日本人舞台演出家と、理想の介護を模索するフランス人の介護施設長、ふたりの「マリー(真理)」の交流を描く今作は、死や老い、社会構造などへの問いかけが哲学的な対話を通じて描かれる。多緒さん自身も、少女時代から哲学的な
話を好んだ。それは、3歳で芽生えていた死生観に影響する。
「4歳上の姉に『皆、年をとって死んでいくんだよ』と聞かされ、ショックだったことを覚えています。それ以来、私の中で死が大きな恐怖として居座り、人の生死について考えると眠れなくなることがあって。小学2年生で手塚治虫の『ブッダ』を読んだときは、『私と同じことを考えている人がいたんだ!』と、仏教の開祖に勝手に共感していました(笑)。成長するにつれて死への恐れと折り合いをつけてきましたが、『すべてやり切ったからいつ死んでもいい』と思うことと、『人生は楽しい。まだまだ生きていたい』と思うこと、どちらが幸せなのかと考えるように。その答えはまだ出ていませんが、今回の映画で演じた真理は後者でした。がんで余命宣告をされた彼女の無念さを演じることは容易ではなかったのですが、真理を生きる中で死への悲壮感よりも希望や温かさを感じ、救われた気がします」
14歳でモデルデビューし、トップモデルとして数々のメゾンのランウェイを歩いてきた。28歳のとき、「記念受験的に」受けたオーディションを経て、人気のマーベル映画にヒュー・ジャックマンの恋人役として出演。以降、アメリカを拠点に俳優活動を開始すると、仕事を支える原動力も更新されていった。
「モデル活動では、逆境がモチベーションでした。オーディション結果は不採用が当たり前の世界で、『今に見てろよ』という気持ち、強くならなくてはという思いが燃料になっていて。でも、俳優の仕事はいいことも悪いことも、人生経験すべてが芝居に生きていきます。これまでの経験が導いた役もある。そう思うと、自分をポジティブに変えるよりは、今の自分を受け入れよう、生きたいように生きようと考えるようになりました」
だが、アメリカ作品を中心に多くの映画やドラマに出演する中で、多緒さんは次第に、アジア人女性役のステレオタイプな表現に葛藤するようになる。そして3年前、拠点を日本に戻した。きっかけは、コロナ禍でのアジアンヘイトだった。
「俳優として高みを目指そうともがくうち、自分の仕事は社会に貢献できているのだろうかと考え始めました。そんな影響力はないのに、気づいてしまったら考えが止まらなくなってしまって。そして、コロナ禍でアジア人差別が増えたとき、欧米の映画によく出てくる『アジア人女性=支配しやすい』というイメージがもたらす影響を考え、誰かが傷ついたり、差別を助長するような役を受けるのはやめようと決めました。その少し前から動物保護活動や環境問題に取り組む中で、作品の撮影でも自分が俳優として携わるブランドの背景を知ると考えさせられることが多くありました。自分の考えが役幅など仕事の選択肢を狭めていることに悩みましたが、アメリカの友人たちが言ってくれたんです。『ドアが閉じても、新たに開くドアがあるから大丈夫』と。勇気づけられました」
「Your choice is your career(あなたの選択が未来のあなたになる)」。アクティングコーチから言われた言葉は、今も多緒さんが決断をするときの指針になっている。
「作品によって自分の色をどこまで出すべきかの迷いを濱口監督に相談したところ、『俳優は陸上の10種競技のようなもの。作品によって種目を変えていくくらいの変化が求められていると思う』とお話しいただき、腑に落ちました。今は自分の色を出すことより、共演者やスタッフと共鳴しながら物作りをすることを大切にしています。そこで特別なケミストリーが生まれれば、きっといい作品になる。それはどの仕事でも同じかもしれませんね」

誰かが傷つくような、ステレオタイプの表現をする作品に加担することはやめた。仕事の幅を狭めてしまったかもしれない。でも、ドアは閉じても、また新たなドアが開くと思う

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スキンケアは「しっかり落とす」こと。適度に体を動かすこと。そして、自分で選ぶものは、動物や環境に優しいものを。でも、ストイックになりすぎないこともサステナブルだと思う


ファッションショーや撮影では、短時間で衣装やヘア&メイクをさまざまに変え、肌には過酷な環境が続く。「でも、スキンケアはズボラなんです(笑)」という多緒さんだが、「落とす」ことは徹底しているという。
「忙しくなると毎日髪を洗って乾かすことが面倒になり、現場でセットをしてもらったまま、洗わずに寝ることが何度かありました。さらさらだから大丈夫かなと思っていたのですが、ヘアプロダクトからの肌あれが起きてしまって。どれだけ疲れていても、洗って落とすということの大切さを痛感しました。普段は、朝起きて顔だけ洗ってギリギリ出かけるという日も多く(笑)、スキンケアは基本的なことが中心です。洗顔後には長年、肌の常在菌を整えるフランス製のトナーを使っていました。運動は元々苦手なのですが、体を動かさないと気持ちが沈んでいくことを実感しているので、メンタルヘルスへの影響も考えて、週2〜3回ヨガやピラティスに通っています。メンテナンスでは自然治癒力を引き出す東洋医学的なアプローチにも興味があり、鍼にも通っています」
環境問題に関心をもったことで、自分で選ぶものはオーガニックやクルエルティフリーのものなど、環境や動物に負荷をかけずに作られるものを選ぶようになった。食生活は試行錯誤を経て、今は「なるべく菜食、時々ペスカタリアン」に落ち着いている。妊娠・出産という初めての体の変化に戸惑いながらも変わらず身心との対話を大切にしているが、ストイックになりすぎないようにも気をつけている。
「自分が使うものはほかの命を傷つけていないものをと思っていますが、オーガニックではないものでも、肌に合うものはひとつの選択肢にすることもあります。菜食は私には合っていたのか、食生活を変えてから体調をくずすことが少なくなり、疲れ方も変わりました。胃腸への負担が少なくなったことで睡眠の質も上がったのか、朝もスッキリと目覚められるようになり、肌の調子もいい気がします。ただ、アメリカではヴィーガンフードのセレクトも豊富でおいしく楽しく続けられていましたが、日本は、撮影で地方に行くと選択肢がないこともまだ多いんです。でも、選べないということがストレスにならないよう、臨機応変に対応するようにしています。そうして長く続けられることが、結果的にサステナブルであるのかなと感じています」
モデル時代から、多緒さんは「ユニークな存在」であるためにアイデンティティを模索していた。23歳のとき、黒髪のロングヘアからマッシュルームカットに。それは「TAOヘア」として話題となり、ランウェイを席巻したことも。だが、仕事では移り変わる美の基準に応え続けることが求められる中、ユニークな存在になるにはどうすればいいのか、自分にどう自信をもてばいいのか、戸惑う時期が長かった。
揺らぐ気持ちへの処方箋は、好奇心を満たすこと。心が動いたことは積極的に学んできた。人の魅力は、そうして積み重ねた知識と経験から構成されている――。そう気づかされたのは、世界的な動物行動学者で、野生のチンパンジーの研究で知られる故ジェーン・グドールさんへの憧れからだった。
「違う種の生物に生涯をかけた方で、いつも白髪を無造作にひとつに束ね、お化粧もしていないのにとても美しいんです。何かに向かってセルフレスに自己を捧げ、学ぶことは、経年美化のひとつの要素であるような気がします。それは、仕事でも研究でも、子育てでもいえるのかもしれません。トレンドのメイクを取り入れることも素敵ですが、それ以上に目を引く美しさとは、その人らしいユニークさである気がします。そして、それはどこから来るのかといえば、自分にしかできなかったことや、積み重ねてきた知識や経験なのではないかなと。見た目の美しさを磨くと同時に、ユニークであることを恐れず、教養を豊かにするということは、内面からの美しさに確実につながるのだと思います」
トップモデルとして活躍した20代、本格的に俳優活動を始めた30代。ずっと「漠然とした焦りやつらさがあった」。そして、40代。今、「やっとすべてのことが肌になじんできた感覚がある」という。
「決断の積み重ねが自信になっていくのが40代であると感じています。カンヌで賞をいただいたことで、やっと胸を張って『役者です』と言える実感が生まれました。今の自分、嫌いじゃないです。これからどんなドアが開くのかを楽しみにしながら、自分にしか作れない何かを模索し、そのときが来たら迷いなく踏み出せるように日々を積み重ねていきたいですね」

好奇心を満たす。知識や経験を積み重ねる。それが、自分だけのユニークな美しさになる。迷いながらの日々だったけれど、今の自分、嫌いじゃない
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