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2026.09.28

旅の終着点、東京の夏|石坂将「旅するフレグランスノート」vol.4

日本発フレグランスブランド「ショーレイヤード」の創業者である石坂将さんによるフレグランス連載。国内外を忙しく飛び回る日々のなか、旅先で出逢う風景や人々、そこで感じた匂いの記憶を通して、石坂さんならではの視点で香りへの想いを綴ります。

WRITING: 石坂 将

石坂 将

石坂 将

株式会社セントネーションズ代表/フレグランスプロデューサー

ランカスター大学大学院修了後フレグランスメーカーに入社、2012年独立し株式会社セントネーションズを設立、2013年「ショーレイヤード」を立ち上げ。全国の都市型商業施設に展開しつつ、21年に初の路面店としてカフェ併設の恵比寿本店を開業。25年にはブランド市場最大規模となる西麻布店のほか、初の海外旗艦店となるパリ店をオープン。

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エネルギッシュで、少し湿度を含んだ空気を感じた台湾の街並み。

2026年の夏は、台湾から始まった。そこから沖縄、博多、金沢、大阪、京都、仙台。気がつけば、日本列島を縦横無尽に駆け回っていた。

仕事柄、昔から移動は多い。でも今年の夏は、特によく旅をしたように思う。南へ行けば、湿った空気と強い太陽がある。北へ向かえば、同じ夏でも風の温度が変わる。京都には京都の湿度があり、金沢には金沢の静けさがある。沖縄では、シークヮーサーのような弾けるシトラスと、サトウキビ畑を抜けていく風に惹かれた。

街が変われば、空気が変わる。空気が変われば、香りの感じ方も変わる。だから僕にとって旅は、香りを作るための大切なインプットでもある。ただ、どれだけ遠くへ行っても、戻ってくる場所はいつも東京だ。

気象庁が「酷暑日」を制定したにも関わらず、体感的には昨年よりもしのぎやすかった2026年の夏。

今年の東京の夏は、少し不思議だった。もちろん暑い。8月には最高気温が36℃を超えた日もあったし、東京の夏が涼しくなったわけではない。それでも、ずっと猛烈な暑さに覆われているというより、ふと気温が落ちる日があったり、雨が空気を入れ替えたりする。8月3日の東京は最高気温26.7℃までしか上がらなかった。前日まで35℃を超えていたことを考えると、夏の途中に突然、違う季節が紛れ込んできたような一日だった。そんな気温の振れ幅もあってか、僕の中では今年の東京は、例年より少しだけ「夏が軽い」という印象が残っている。東京の夏の香りも、毎年同じではないのかもしれない。

東京という街には、沖縄の海や京都の寺院のような、誰もが思い浮かべる「ひとつの香り」がない。だからこそ面白い。雨に濡れたアスファルト。強い日差しを浴びた街路樹。東京湾の方角から入ってくる、少し湿った南風。夕方になると漂い始める、飲食店の炭火や料理の匂い。そして夜になれば、香水、アルコール、煙、車の排気、人の体温。決して美しい香りだけではない。でも、それらが無秩序に重なり合ったとき、僕が知っている「東京の匂い」になる。東京は、香りがレイヤードされた街なのだと思う。

東京では多彩な景色、多種多様な表情が香り立つ。

僕は旅先で香りのアイデアを思いつくことが多い。沖縄を走っているときにシトラスとサトウキビを組み合わせたくなったり、京都の湿った空気の中にいると、グリーンとシトラスの組み合わせが浮かんできたりする。ホテルに入れば、その土地を表現する空間の香りを考える。レストランに入れば、料理と香りの関係を考える。海を見ても、山を歩いても、街を歩いていても、結局どこかで香りのことを考えている。

でも、旅先で生まれたアイデアを、そのまま形にすることはほとんどない。東京へ持ち帰る。そして東京で考える。旅先で感じたものを、一度自分の中で分解する。なぜ、あの空気が気持ちよかったのか。なぜ、あの景色からあの香りを連想したのか。そこにどんな原料を重ねれば、単なる「ご当地の香り」ではなく、自分の表現になるのか。旅でアイデアが生まれ、東京で深掘りする。考えてみれば、ずっとそんな生活を続けてきた。

新たな香りの物語が紡がれる街、東京。

東京は、僕にとってインスピレーションを探しに行く場所というより、インスピレーションを形にする場所なのかもしれない。世界中、日本中を移動して、たくさんの景色を見て、空気を吸い、食事をして、人と出会う。そして東京に戻ってくる。スーツケースを置いて、旅先で書き留めたメモを見返す。頭の中に残っている風景を思い出しながら、香料を並べる。旅先では一瞬だった感覚が、東京に戻ると少しずつ輪郭を持ちはじめる。沖縄の太陽。京都の雨。金沢の静けさ。博多の熱気。仙台の風。台湾の湿度。それらは東京から遠く離れた場所で得た記憶なのに、不思議なことに、最後はすべて東京で香りになっていく。

だから最近、こんなことを思う。僕が作っている香りは、世界中のどこかで拾ってきた記憶を、東京というフィルターを通して再構築したものなのではないか、と。旅をするから、東京が見える。東京へ戻るから、旅が作品になる。今年の夏も随分と移動した。そしてまた東京に戻ってきた。少しだけ軽かった2026年の東京の夏の空気の中で、次はどんな香りを作ろうかと考えている。きっと僕にとって東京とは、旅の終着点ではない。次の香りが始まる場所なのだ。

※価格表記に関して:2021年3月31日までの公開記事で特に表記がないものについては税抜き価格、2021年4月1日以降公開の記事は税込み価格です。

WRITING: 石坂 将

ランカスター大学大学院修了後フレグランスメーカーに入社、2012年独立し株式会社セントネーションズを設立、2013年「ショーレイヤード」を立ち上げ。全国の都市型商業施設に展開しつつ、21年に初の路面店としてカフェ併設の恵比寿本店を開業。25年にはブランド市場最大規模となる西麻布店のほか、初の海外旗艦店となるパリ店をオープン。

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Text & Photos: 石坂将

Edit:: 木津由美子

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