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2016.12.23

【齋藤 薫さん連載 vol.57】料理上手は、優れた女の証です!

ひと昔前は、料理のうまい家庭的な女と、外で仕事をする有能な女は別人と思われていましたが、昨今、有能な女ほど、仕事も料理もできるという事実も。料理は、工夫次第で美味しくなるし、お皿選び、盛りつけなど、頭の良さとセンスが問われるところ。そもそも誰かのために作る料理、本気で相手を喜ばせようと思えば、あなたの料理の腕も、女度もきっと上がるはずです!

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料理上手は今や、〝家庭的〞の証じゃない。
聡明であること、奥深い魅力の証である

かつてのベストセラーに『聡明な女は料理がうまい』と言う本があった。評論家の桐島洋子さんの作品で、それまでの女の料理の概念を打ち破るものだった。つまり、それまで〝女が家にこもって料理をするのは、ごくごく当たり前のこと〞で、生きていく上での義務のようなもの。それ以上のものでもそれ以下のものでもなかった。それが「料理がうまい」と言うことが女の才能として認められたのだ。それも、聡明な女である証として。もっと言えば、料理のうまい家庭的な女と、外で仕事をする有能な女は、基本的に全く別人と思われていた。つまり仕事ができる女が料理がうまいわけはないと言う、1つの決めつけがあったのだ。じつはそうじゃなく、有能な女ほど、仕事も、料理もできるのだと言う新しい方程式を見せてくれたのだ。 

で、最近またこの法則を思い出す。インスタなどで、自分の料理を公開することが当たり前になってから、料理のうまさで注目を浴びる芸能人も増えてきた。だから、なるほどこの人はそういう意味でも頭が良いのだ、という見方をすることが多くなったからである。

あの、世紀の料理上手、栗原はるみさんはこう訴える。「素材が美味しくなければ、料理はうまくなる」と。つまり工夫こそが料理の命で、それは頭を使ってこそ成立するもの。頭が良くなきゃ、料理は美味しくならないということの証だ。

だからだろうか。料理上手がタイプ的に意外であるほど、その人が何倍にも魅力的に見える。一方で、料理のうまいイケメンがずいぶんもて囃されたりしたけれど、やはりそれも〝イケメンである上に料理もうまい〞と言う組み合わせに惹かれるのかもしれない。女の料理の場合も、それが意外であればあるほど、その人の奥行きにつながっていく。逆を言えば、いかにも料理がうまそうな家庭的な女が料理が下手だった時の落胆も、並大抵ではないことを覚えておかなければいけないが。

いずれにしても、そういう意外性で、かつて一気に評価を高めたのが里田まいさんだったかもしれない。夫は言わずと知れたメジャーリーグのスター、田中将大投手。アスリートの妻ならば当然なのかもしれないけど、〝夫の契約金の凄さ〞と〝とても家庭的な料理の腕〞が、ある意味の相殺により見事にバランスをとって、彼女の評価を高めた。うっかり、心ないバッシングにつながりそうな状況も、料理の腕がそれを見事にかわしたのである。実際ああいう料理こそ聡明でないと作れない。必要に迫られたのか、元々できたのか、そこは不明だけど、どっちにしろ〝お馬鹿タレント〞なんて営業用で、実はとても賢い人なのだというイメージの書き換えが、より高い評価につながったのだ。そういう意味でのギャップが大きければ大きいほど、料理上手は強烈のイメージアップにつながるのである。

だからって、料理をやりましょうと言う話ではない。けれど、料理の才能にはやはり他のもので置換のきかない重みがある。元々女が義務のようにやらされていたものだけに、ちょっと皮肉だけれど、でも人は生きていく上で、また人が幸せを感じる上で、料理ほど重要な行為は無いからこそ、今は尚更その価値が上がっているのだと思う。Facebookやインスタで自分の料理をいちいちあげるかどうか……は、また別の問題で、人に見せるためではなく、本当に愛する人たちのためだけにコツコツと料理をしている人ももちろん含めて、やっぱり料理上手は女として優れてる。女にはどうしても不可欠な要素なのだと思う。時代がどんなに進んで、女も男もなくなっても、ますます女にとって、料理は大切な魅力の1つであり続けるのだ。家庭的と言う意味ではなく、優れた女としての魅力に。それだけは間違いないのである。

意外すぎる料理上手……ローラは、
聡明にして心ある、女としての天才に違いない

意外な料理上手。いや、〝意外すぎる料理上手〞とそう言ってもいいのが、やはりローラという人だろう。そもそもこの人、最初からただモノではないような気がしていた。誰彼構わずタメ口をきくことで注目を浴びた頃から、登場した途端、あたりを空気もろとも一瞬で自分の世界に引き込んでしまう、その才能たるや大変なものであると。でも、ここまでの天才であるとは思わなかった。言うまでもなくインスタで自らのファッションを撮った写真は、プロのスタイリストとカメラマンががっちりいるような、極めて完成度の高いもの。そのセンスの良さもただモノではない。そういう意味では〝天才的……〞とは言えるけれど、それでもまだ〝天才〞であるとは思わなかった。

でも、この人の料理上手を知って、確信したのだ。この人は明らかに〝天才〞であると。キュートでお茶目、玄人はだしのスタイリングとクリエイティブで人を魅了できる人はたくさんいる。でも同時に料理がとんでもなく素晴らしいって、やっぱり希有だ。改めてこの人一体何者だろうと、ローラと言う人自身に強く興味を惹かれ、ちょっと調べてみたらこの人の言葉がまた凄かったのだ。

「当たり前」を「ありがとう」、「それが何?」を「おめでとう」……(中略)そういうふうに言える人になりたい。なんのこと? と言う人もいるかもしれない。でもそれは、いまどきの若者が日々の日常的な挨拶や感謝の言葉が言えなくなっている事、それ以上に心が動かなくなっている事へのアンチテーゼ。年に似合わず、道徳的かつ哲学的に物事の道理を諭す、そういう言葉を残している事を知って、逆に、料理上手である理由も明快になってしまったのだ。

ローラの料理は、洒落たレストランのメニューのように極めてセンスが良いが、これは本人の持って生まれたセンス。ファッションにも通じるセンスで説明ができる。でももっと言えば、この人のプロっぽい料理は決して独りよがりじゃない。はっきり言って写真をよくあげる人の料理は、自己満足の料理であることが少なくないとされるが、でもこの人の料理は、見た目でもバランスでも栄養でも、そしてきっと味でも、全てにおいて人を本気で喜ばそうと言うテクニックと才能と情熱が入っている。そういう意味でちょっと別格。

料理上手には、聡明である事、センスが良い事、と同時に人生経験みたいなものが必要なのだと思う。どうすれば人が喜ぶか、それを運動神経のように体で分かっている、そうでないと、とっさにそういう料理は作れない。つまりこの人は、人間も出来上がっているのだ。そこにこの名言である。若干26歳にして自分よりも年上に思えるほど、なんだか人間が完成してしまっているのだ。
 
10歳くらいまで父の国と日本を行ったり来たり、でも育ててくれたのは2度目の母の中国人女性だったりするという。あの初期の頃のタメ口も、そういう環境から出てきたものなのに加え、この人一流のフレンドリーの表れなのだと改めて悟ったりした。決して乱暴で不遜だからではない。むしろ誰に対しても同じように心を開いているからのタメ口だったのかもしれない。人との関わり方が、ちょっと他の人とは違う。ひょっとすると、たっぷりとした愛情に溢れた女性だからこそのタメ口なのじゃないかと。そういう風に思わせてくれるのも、ずば抜けて料理上手だから。

つまり、料理のうまさって、全ての個性をプラス要素に変える力を持ってるのだ。料理とは、どっちにしろ誰かに食べさせるもの。それが誰であろうと、他者に対して心があることを示しているからこそ、全てがプラスになる。プラス要素に見えてくる。料理の力恐るべし、そしてローラも恐るべし。

美容ジャーナリスト/エッセイスト
齋藤薫
女性誌編集者を経て独立。女性誌において多数の連載エッセイを持つ他、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザー、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会理事など幅広く活躍。『Yahoo!ニュース「個人」』でコラムを執筆中。新刊『“一生美人”力 人生の質が高まる108の気づき』(朝日新聞出版)他、『されど“服”で人生は変わる』(講談社)、『The コンプレッ クス 幸せもキレイも欲しい21人の女』(中公文庫)など多数。

美的1月号掲載
文/齋藤 薫 イラスト/緒方 環 デザイン/最上真千子

※価格表記に関して:2021年3月31日までの公開記事で特に表記がないものについては税抜き価格、2021年4月1日以降公開の記事は税込み価格です。

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